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第650夜「夢の記録.2 石炭袋」
私はFに向かって熱心にしゃべる。
「夢が消えていく間に、夢を記録しているのではなく、消えてしまった何かをひとまず夢と名づけて、その何かをくり返し記録できるようにしている。
記録もまた、言葉で縁取ることができる輪郭であって、消えてしまった何かそのものではない(消えてしまった“何か”ではなく、“消えてしまった”が問題なのだ)
宮沢賢治が『銀河鉄道の夜』で用いた石炭袋の比喩のように、どおんとあいた穴そのものだ。そして、穴の輪郭とは穴そのものではない。引用符の括弧だけがあり、何も引用がなされていないとしたら、括弧をもって引用とはしないだろう。
知覚は、めずらしく、最初から最後まで能力の問題なので、知覚できないものはどうやっても知覚できない。夢の知覚においてはなおさらだ。夢を見ているとき、眼は閉じられているのだから。夢の光源は何か。モネの作品群を観ていると、それがいつも思い出される。夢の音は何を媒介に伝わるのか」
by warabannshi | 2014-02-17 06:09 | 夢日記 | Comments(0)
第649夜「夢の記録」
 砂漠地帯の塔で非常にリーズナブルな中華料理の店に入るが、メニューに手をかざすとエビのマヨネーズ和えはセメダインの味がすることが不思議とわかり、どういうものが出てくるかわからないので店を出たいが、まるで中華料理というもの全般に偏見をもっている人のような振る舞いではないかという気持ちが心の中にあり、出るに出られない、という夢を見たことの記録を、いつものようにノートパソコンの画面を開いてとろうとする。しかし、ブログのホーム画面には、私が投稿した覚えのない記事が最新のものとしてある。カテゴリは夢日記のものなのだが、内容は、「私たちは未来への期待を過去形で語る癖がある」という1行のみである。私は夢を記録するとき、特に印象的ないくつかの語句や言葉を先にメモしておくので、何かの拍子にそのメモだけが、新しい記事としてアップされてしまったのではないかと考えるが、それはないように思えた。さらに、記事にはコメントが2つついている。1つめのコメントは支離滅裂なものであったが、2つめは、「だから、なぜ公開を続けるのかと聞いているのですが?」というものだった。夢日記をこうやってアップしていることへの、ずいぶん攻撃的な質問ととってよいのだろうか。しかし、なぜ夢の記録をとることについて、このように見知らぬ人から顰蹙を買うことになったのか。一瞬、逡巡するも、このコメントには返信しないことに決め、私はいつものように夢の記録をつけはじめる。件の塔には、8歳くらいの少年と少女がおり、結局、少年はその塔に残っていたが、少女はその塔を出た。また、私はロードレーサーのことを考えながら、石鹸で手を洗い、その後、大きな階段で成績評価のことについて歎じている学生たちのあいだを縫って1段飛ばしで階上へと走っていった。これらのシーンのつながりが、よくわからない。つながりのよくわからない断片は、ある断片が鮮明になるにつれて、相対的に希薄になり、消えていく。ある断片が記録として生き残ったからといって、その断片が残るべき正当なものであったとは限らない。石鹸で手を洗う私は、鏡に映った自分の顔を眺めながら、ロードレーサーのパンクしたタイヤのゴムを交換しなければならないとを考えていた。重要なことだ。しかし、私の口腔には、セメダインの味が残っている。私の手は石鹸で洗われたその感触を、舌の奥を痺れさせるセメダインの味ほどには残していない。私は残存する感触を、記録をとるときの導きの糸とする。エビデンスのない、検証不可能な記録なのであるから、どうすることもできない。しかし、言葉に、その痕跡は残るのではないか。何かが這いずっていったその跡が泥に波紋のように残るのではないか。あるいは、それは水面の波紋だろうか。いずれにしても、それらは消えてしまい、何が這いずっていったのかを波紋から見極めることはむずかしい。
 そしてふと、何の前触れもなく、私が夢の記録をつけているこの瞬間が夢であるとに気づく。追いつけないものに追いついてしまったような感覚がある。いや、それどころか、追い抜かしてしまったのではないか? そう書いた瞬間、「追いつけないものに追いつき、さらに追い抜かしてしまった」という経験がじつに、じつに嘘くさく変質する。夢の記録のただなかに夢を記録するという営為そのものが安易に闖入してはならない。それは明示的に語られてはならない。夢の記録が記録によって歪むというのは前提であり、むしろ夢の記録は記録することの歪み以外の何かではないからだ。このことは、「鳥のさえずりを採譜するときに、五線譜に走らせるペンの音が採譜することはない」ということとは根本的に異なる。鳥の囀りを記録するとき、聴覚情報として知覚されているもののなかには、ペンの音だけではなく、心臓の心拍、風に揺らされる葉の擦れなどが含まれていて、しかしそれらは捨象される……ということとは異なる。夢の記録は、鳥の囀りの記録ではない。鳥の囀りは何人かで聴くことができる。さらに録音すれば聴きなおすこともできる。しかし、夢はそうではない。夢を記録する特権を持つのは、その夢のなかに身を置いたその人だけであり、さらに同じ夢に身を置くことはできない。そうであるからこそ、夢を記録するときに夢は決して追いつけないものなのであるが、夢を記録することが夢であると知れたとき、私はいったい何を記録すれば良いのか。
by warabannshi | 2014-02-09 15:14 | 夢日記 | Comments(0)
第648夜「いみじい世界の断片」
 砂浜に面した臨海学習施設に、小学生の一群とともにいる。曇天のこちら側にスカイツリーが見えているため、葛西臨海公園のあたりだろうと思う。もしかしたら、水族館の、一般客は入ることができない、学校関係の人たちのためのエリアなのかもしれない。そういう私も、彼ら、彼女らの引率である。コンクリート敷きの一角に集められた小学生たちは、皆、体育座りで指導員の女性の説明を熱心に聴いている。しかし、本当に熱い視線が注がれているのは、女性が手にしている特大のヒトデである。この腔腸動物が、左手の岩場にわさわさいると聴いて、その採集の時間が始まるのを待っているのである。
 かくして、採集の時間は始まる。軍手を配るものとばかり思っていたが、素手である。岩で切ったり、ウニに刺されて痛い思いをしたりすることも、学習のうちと考えているのかもしれない。私もそれには賛成だ。引率の責務を忘れて、ざぶんと海のなかに身を投げ出す。無数の泡と音の向こうの砂の上に、タコノマクラを見つける。手を伸ばして、持ち上げると扁平だが分厚いその個体はずっしりと重い。生きているようである。その重みが、奇妙なことに、私の腕から肩、首、頭に至るまでの神経を興奮させるその瞬間に、いみじい細胞の一つ一つに力として満ちていく。並行して伸縮する筋線維の一筋一筋の強ばりをたやすく感じ取れるほどに、感覚が惑星のサイズにまで膨らむ。タコノマクラに毒をもつ棘の類はないから、何かの化学物質の作用ではない。私は、その三畳紀から姿をほとんど変えていない生物種のフォルムをまじまじと見る。しかし、愛と余分な言葉はこちら側にしかなく、すでにそれは沈黙している。

 採集を終えた小学生たちは、先ほどのコンクリート敷きの一角で戦利品を広げたり、別の興味ある話題を話し合ったりしている。私は潮風に吹かれながら、先ほどの感覚を反芻している。背中の方に両手をついて、見上げると、海の向こう側にあったはずのスカイツリーが、すぐ背後に移動している。
「何しているんですか?」
 生徒の一人が声をかけてきたのかと思ったが、よく出来た二足歩行の案内ロボットである。額の、アンモナイトを模したシンボルで、それとわかる。
「いや、距離に比べると、奥行の感覚を処理するのは、人間の眼は苦手なんだなあと思って。600メートル以上あるはずのこのタワーを、横に倒したときと、こうしてそびえたっているのを地上から見上げるのとでは、全然大きさの感覚が違うんだよ。わかるかな」
「そうなんですか」
「こうやって、真下から眺めていると、重力の感覚もおかしくなってきてね。タワーの先端に向けて、歩いていけそうな気もしてくるんだ。そして、いったんそう思うと、ますますその感覚は強くなっていく。そして、逆に重力の感覚は塗りつぶされていくんだ。淑女と老女のだまし絵を、同時に淑女と老女に見られないように」
 そう言い終わったかいなかの瞬間に、私は自由落下を始める。重力加速度から空気抵抗による減速を引いた速さで、タワーの先端が遠ざかっていく。私はいったいいつ飛び降りたのか。夕焼けが視界の隅に入り、あっという間に空のすべてを橙色に染め上げ、強烈な懐かしさに包まれて、私はその感覚から切り離される。
by warabannshi | 2014-02-04 13:29 | 夢日記 | Comments(0)



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