<   2014年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧
第670夜「ベンサム」
 夜、凪いだ、大きな貯水池のほとりで、ジェレミー・ベンサムについて話している。
「ゲーテと同い年だったか、同年代のこのイギリス人は、それまで高尚であると皆が思っていた哲学や倫理学をほとんど独力で引きずりおろした。そのきっかけは彼が5歳のときに指に噛みついた蟻だった。幼いベンサムは蟻をもう片手の指で弾き飛ばした。すると、蟻の胸部と腹部はどこかに飛んで行ったが、くらいついている頭部だけは相変わらず残っていた。この蟻の頭部が、彼自身の革命だったのだ」
 しかし、私はベンサムのことなんてまったく知らない。
by warabannshi | 2014-05-27 09:20 | 夢日記 | Comments(0)
第659夜「南海」
 私は名前を知らない同僚とともに、課長室のドアを開ける。かつて上官であった課長は、リクライニング機能のついた椅子によりかかって天井を眺めている。
「意見具申!」私は直立不動して言う。
「もうその言い方はやめろと言ったろ」
 道成という名前の課長は、半ばうんざりしたようにそれでもこちらを向く。
「わたくしはやはり、あの死体が死にきっていたとは思えないのです!」
 名前の知らない同僚が私の隣で、やはり直立不動で雑なスピーカーのように声を張り上げる。そうだ、と私は思い出す。南海の孤島で、私たち3人は低緯度に特有の星座の下、匍匐している。まるでNHKの人形劇のように、星座は白い線で夜空に描かれている。椰子の木は、何十回も、別々の話で、ここが何回の孤島であることを示唆するために使われたであろうフェルト製の椰子の木である。明るい真夜中を匍匐している私たちは、ふと、海岸で燃えている1つの死骸を見つける。正確に言えば、明瞭にヒトの形をしたものがうつぶせになって燃えているのを見つける。
 私たちは砂浜で海亀の産卵を見つけたときのように、その死骸が燃え尽き、炭化したそれの一部が崩れるまでじっと物陰で、椰子の木のかげで、1つの無骨な双眼鏡を回しながら観察していた。炭化しているのだから、生きているはずがない。しかし、生きているはずがないことが死にきっていることを保証するだろうか。名前の知らない同僚はそう言いたいのだろう。そう思い、私は隣を見ると、誰もいない。いつのまにか私は、巨大な液晶テレビの前で、休めの姿勢をとっている。液晶テレビは私の記憶のなかであるはずの人形劇の南海を俯瞰で映したまま、一時停止されている。
 私は堪らなく恐ろしくなり、課長室であったはずのその部屋を出る。痰が喉にからみ、吐き出そうとしても、うまく吐き出せない。犬のように噎せながら、私はどこでもない廊下を早足で逃げる。
by warabannshi | 2014-05-19 02:39 | 夢日記 | Comments(0)
没原稿「詩句を暗唱することと暗唱するにたる詩句について」
 オーシプ・マンデリシタームの妻は、当局からの検閲をかいくぐるために夫の詩を暗記し、暗唱をくり返すことでそれを守ったという。聖職者めいた勤行に彼女を押しやったものは何だったのか。夫と彼の作品への愛情だったとは言わない。具体的な相手に向けて話すことは、詩句から大気と飛翔を奪う。なじみの人に話しかけているとき、私たちはなじみのことについてなじみ深い語法でしか話すことができない。自分自身の喉の奥から発せられた言葉に驚きたいという願い、その言葉の新しさ、思いがけなさに魅了されたいという願いがなかったとすれば、彼女は暗唱者でありえなかっただろうし、彼女の暗唱の時間において、マンデリシタームの詩は生き延びなかっただろう。暗唱される詩句と暗唱者にとって、思いがけないものが大気となる。発語される言葉が発語される前から十分に意味や情緒や感興を保証されているとしたら、詩句は飛翔することができるだろうか。たとえ何千回と暗唱されようとも、次の暗唱はまったく思いもよらないものとなることがある。それを知る暗唱者だけが良い暗唱者だ。
 マンデリシタームの紹介を忘れていた。1891年、彼はロシア帝国領リトアニアのユダヤ人の商家に生まれた。1910年代からペテルブルグの流派アクメイズムの詩人として活躍。1925年の春から5年間は翻訳のみを行った。1938年にウラジオストク郊外の収容所で亡くなった。
by warabannshi | 2014-05-05 23:54 | 論文・レジュメ | Comments(0)
第658夜「都庁図書館」
 母方の祖母2人と母とで、新宿副都心の辺りを歩いている。祖母2人は双子のようであるが、正確に同一人物であり、しかし疲労度に若干の差があるため、階段を上るペース、歩くペースが違う。
「私はこちらに付くから」と、母はより疲れている祖母に寄り添う。
 健脚を発揮してずいずいと立体交差点を歩いていく2人目の祖母に慌てて追いつく。いまにも雨粒が落ちてきそうな重ったるい曇天が、大きな水たまりに映る。2人目の祖母を目の端で捉えながら、この水たまりがボリビアの塩湖ほどに巨大であれば痛快だろう、と思う。それを祖母に話そうとすると、
「都庁の図書館はどこだろうねえ」
 祖母はきょろきょろしている。
「都庁の図書館はわからないけれど、都庁はあれだよ」
「嘘だよ。あれは寄宿舎じゃない」
 自分が指さした方を見ると、遠くに都庁のように見えたのは確かに寄宿舎で、その前の駐車場には滑らかな鏡のような水たまりが静まり返っている。
 私が見とれていると、また2人目の祖母はまた先に行ってしまう。いつしか周りは草本に囲まれ、煉瓦作りの建物が右手に現れている。アカデミックな雰囲気にそぐわない、自動小銃を構えたさまざまな人種のガードマンがいるところから、これが都庁の図書館であることが知れる。2人目の祖母は入り口の掲示板のところで私が来るのを、そして母ともう1人の祖母が来るのを暇そうに待っている。私はようやく追いつき、祖母の隣で掲示板を見る。ガラスの向こう側で、モンキチョウが1匹閉じ込められたまま舞っている。
「時間をテーマにした映画が多いね」私はポスターを見ながら祖母に言う。「光の芸術というより、記憶の芸術だね」
 その瞬間、小さなモンキチョウが亀裂のように発光をはじめ、次第にただならぬ強さの光を惜しみなく撒き散らす。
by warabannshi | 2014-05-04 03:32 | 夢日記 | Comments(0)



夢日記、読書メモ、レジュメなどの保管場所。
by warabannshi
twitter
カテゴリ
全体
翻訳(英→日)
論文・レジュメ
塩谷賢発言集
夢日記
メモ
その他
検索
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 03月
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2004年 11月
2004年 08月
2001年 12月
記事ランキング