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谷川俊太郎「アルカディアのための覚書」(所収 『日本語のカタログ』,思潮社,1984年)
1.窓
さまざまな色合の空き瓶を溶かし直して作られた灰色の硝子の向こうに、雑草の生い茂る庭とおぼしい空間が広がり、一人の老婦人が綱渡りの稽古をしている。

2.機械
機械は多年にわたる試行錯誤の結果、植物化している。すなわちそれらはすべて地中(又は海底)深く根を下ろし、地熱、潮汐、風力、星光、月光、陽光等を動力源とする。産業廃棄物が各種の昆虫の食料として消費されることは言うまでもない。機械類の発する音は、木の葉のさやぎ以上の音量を出ない。

3.子等
子等は歓声をあげて崖にうがたれた横穴へと闖入する。彼等の手には半月刀に似た凶器が握られている。女児のなかには全裸の者もいて、彼女等の筋肉は男児のそれに劣らない。

4.トマト・ジュース
そのような飲料は存在しない。

5.かなしみ
かなしみについて語ろうとすれば、かなしみは消え去る。そのことを熟知しているこの土地の住人は、かなしみに襲われると、少量の塩を掌にとって嘗めるが、大声で泣き喚く者もまた隣人によって祝福される。

6.犬
犬どもは街路を跳ね廻る。主として路上に落ちているどんぐり等の気のみを食べる、稀に蟻や羽虫の類も食べる。彼等は人間に尻尾を振らぬ。互いに鼻をかぎあって自足している。故に皆、名前がない。

7.振動
大地は常に一時間数ヘルツの周期で振動している。人体には感知できぬこの振動は、天体へ輻射され、一種の潜在的な道徳律を形成すると考えられている。

8.風船
風船を紐につなぐことは、法の名によって禁じられている。

9.オープン・マリッジ
男性も女性も、十分な苦衷と迷妄とを代償として、単婚制の外へ出ることを暗黙裡に認められている。つつましさとユーモアとは、その場合、礼儀作法を保つ上で欠くことができない。

10.詩
各人は一日の任意の時間に、任意の出来事を詩として観想することを期待されている。それを言語化する義務はない。

11.クレジット・カード
すべての商取引はクレジット・カードの思い出によって行われる。

12.洗練
洗練へと向かうのはひとつの恐怖であるが、野暮であることにも嫌悪が伴う。質朴はその両義性によって、この土地の住民の趣味の基準となっているようだが、それはたとえば一茎の野花を手折る行為を正当化しないかわり、禁じもしない。

13.死体
死体は死後三時間以内に広大な鳥獣保護区域内に遺棄される。墓地、墓碑の設置は許されず、死者を悼むことも多数者の避難を呼ぶが、肉声によらぬ音楽の演奏はむしろ推奨されている。

14.櫛
三百種以上に及ぶさまざまな形と機能をもった櫛が、手仕事によって生産されている。

15.疑問符
疑問符の使用は極めて活潑であり、感嘆符が併用されることも多い。

16.ロマンチシズム
この語はほとんど死語に等しくなっているが、その名指す情念そのものはそれ故にこそ、かえって多義的に住民の大部分を支配している。

17.官僚主義
もっとも官僚化しているのは乞食たちであり、彼等は日常生活を保つのに必要最小限の物品しか受け取ろうとせず、その採受の明細を中央電算機に入力することを固執する。

18.気分a
教育の各分野にわたって、気分の制御ということが重要視され、そのための心身相関的な訓練法は多岐にわたり、一部に混乱を生じている。

19.気分b
現実とは気分の波動の連続体であるという大胆な仮説が、各村の学生たちの間では信奉されている。

20.泡(ビールの)
それは依然として白くジョッキの縁から盛り上る。

21.植物人間
という呼称は植物をさげすむものであるとして斥けられた。その種の状態に陥ることを阻止する技術は医師の手を離れ、新たな聖職者の一群を生んだが、彼等を差別する意識は抑圧されつつ各人の内面に存在することをやめない。

22.静物
ひっそりと卓上にある静物は、絵画の主題であることをやめ、かつ私有を脱した。すなわちそう望むものはいつでも、他人の室内にある静物を六時間以内に限って凝視する権利を保証される。

23.星雲
ある種の星雲までの距離は不可侵であることが、天文学者たちの一致した結論である。

24.洗濯挟
その精巧なレプリカが、多くの人々の間で実用に供されている。






詩集 谷川俊太郎

谷川 俊太郎 / 思潮社

 「定義」(1975)、「夜中に台所でぼくきみに話しかけたかった」(1975)、「コカコーラ・レッスン」(1980)、「日本語のカタログ」(1984)、「メランコリーの川下り」(1988)、「世間知ラズ」(1993)、以上六冊の詩集が一冊に編まれている。


by warabannshi | 2015-01-10 08:18 | メモ | Comments(0)
第686夜「波止場」
 波止場をもつ街におけるさまざまな景色の断片。
 ――街灯。建築やデザインに疎いのでなんというのかわからない。ロマネスク様式、という言葉だけが浮かんでくるが、それが果たしてこの街灯を形容するのに妥当かどうか、やはりわからない。昔、ガス式の街灯にいちいち火を灯していた男が、ある日突然、街灯が電気式になるからという理由で首になったとき、そのときに初めて新しい光をこの波止場の街にもたらしたであろう、年代ものの街灯である。同じような街灯は、この街に何本かある。この街灯は、広場に1本だけ立っている。
 ――船出。船が曳航する白波をデッキから眺めておろしているだけで、すでに帰りたくなっていますね、と、船の上でビデオカメラに向かってしゃべっているのは他ならぬ私で、なにを気取っているのかと思う。一体全体、誰がこのビデオカメラを回しているのだろうか。
 ――犬たち。巨大な犬たちは、波止場のあるこの街の人々と見分けがつかない。しきりに撫でてもらいたがっている者がいれば、それは人ではなく、犬である確率が高い。夜、若い母親と幼い兄妹が広場を散歩しているところに酔っ払いが出くわした。酒精にひたった頭に特有の馴れ馴れしさを発揮して、彼がその親子に近づいていくと、(以下忘却)
by warabannshi | 2015-01-10 07:46 | 夢日記 | Comments(0)
第685夜「探検隊」
水木しげるの書く南方戦線の部隊となるような熱帯雨林を探検している。極めて湿度が高く、頭がぼんやりする。夜の帳はここでは散乱しており、直線によって囲まれた断片的な闇が、粘菌のように樹の根の上をさまよっている。発達した階層構造は太陽光を林床までもたらさないが、散乱した夜は光の欠如ではなく、闇として物質的に実体を持つようである。近くの手のひらほどの闇をつついてみると、それは無数の煤へと分解し、微かな笑い声とともに霧消していく。消えていくひとつひとつに、小癪な笑顔が浮かんでいるような感覚を覚える。
by warabannshi | 2015-01-01 09:41 | 夢日記 | Comments(0)



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