第704夜「準備」
 ワイシャツ姿でネクタイをしめ、机と椅子と壁掛けホワイトボードが揃った四畳半ほどの空間で、本を山積みにし、しきりにホワイトボードにメモを取りながら何かを考えている。部屋に窓はないが照明と換気は十分であり、ドアの向こうの廊下にも人の気配はない。同じような小部屋が廊下沿いに、根端分裂組織の細胞のようにずらりと並んでいることはわかっている。ここは英会話教室のビルだ、英語を講じる者も講じられる者もいないとしても。
 彼女Fがドアをノックする。
「せっかく私が途中まで片付けたのに、太田さんが続きをやらなきゃ世話無いですよ」
 積み上げられた本には付箋とメモがびっしりと挟み込まれており、それをどうこうすれば良いことはわかっている。
「コーヒーメーカーがどこかにあるはずだから、ちょっと休憩していて」
「紅茶はないんですか? あと、ここ不用心すぎやしませんか?」
 作業は遅々として済まない。そもそも何の作業なのかもわからない。これらの本をまとめれば良いのか。これらの本で講義をすれば良いのか。何かの準備をしているのだろうが、どうすれば準備し終わったことになめのか。彼女Fに確認したいが、逆鱗にふれそうなので切り出せない。どこかで遠くで寄席が始まったらしく、果てしない廊下の奥からかすかに出囃子が聞こえる。
# by warabannshi | 2016-01-01 09:41 | 夢日記 | Comments(0)
第703夜「便利屋」
 はるか昔に崩れた城壁にぐるりと囲まれた開けた中庭で、何人かの名前の知らない便利屋の同僚たちと、やはり名前を知らない上司から今日の仕事の割り振りを聞いている。テーブルに並んでいるピザはどれも冷め気味であるが、良く晴れていて頗る気分が良い。
「君はツバメの巣ね」
 紙束に目を落としたまま、上司は私に言う。
「アマツバメのものでなくて良いのですか?そこらへんにあるものでも?」
「指定はない。でも、卵、糞、羽毛以外の巣のなかの異物は捨てずに必ず保管するようにと書いてある」
 この話を知っている、と私は直感する。燕の子安貝だ。石上麿足はアウトソーシングしたのだ。
 私はさっそく腕を上下させて羽ばたき、夏にツバメが巣を作っていた石壁の縁に降りたつ。とりあえず一つめ、とその巣を回収しようとしたそのとき、巣のなかにいた親指ほどのサイズの緑色のツバメが私の右手をしたたかに啄む。まさかこのツバメはここで冬越しをする気なのかと驚き、良く見ると、ツバメではなくゾエア幼生である。
「これで良いか」
 明らかに異物であるので、条件は満たしている。ゾエア幼生とツバメの巣を持って、私は上司のもとに降りたつ。
「じゃあ、次の仕事を割り振るまでちょっと待機ね」
 私はまたテーブルに着く。名前の知らない同僚がピザを3切れほど回してくれるが、いよいよ冷めている。
# by warabannshi | 2015-12-27 09:30 | 夢日記 | Comments(0)
祖田修(2000)『農学原論』岩波書店
【目次】
はしがき

第1章 農学原論とは何か
 1 農学原論の系譜と課題
 2 哲学としての農学原論
 3 本書の視点―「場」の農学」

第2章 農業における人間と自然
 1 農業の成立
  1)狩猟・採集・漁労段階
  2)農耕の起源と伝統
 2 農業における人間と自然の関係
  1)家畜と作物―相互依存的共生関係
  2)害獣と雑草―相互排除的競争関係
  3)野生(一般)動植物―棲み分け的共存関係
 3 近代の農業・農学における人間と自然
  1)農業の工業化と生命・環境問題
  2)人間と家畜・作物
  3)農業生産と害獣・雑草
 4 ディープ・エコロジーの自然観
  1)「動植物の権利」の思想
  2)動物の愛護と動物福祉の思想
 5 「形成均衡」の世界と農学の再構築

第3章 現代農学の展開と価値目標
 1 科学の発展と価値
  1)近代科学の成果と限界
  2)科学の専門分化と社会的責任
  3)科学における「価値自由」
 2 農業・農学をめぐる価値とは何か
 3 農学の価値目標―戦後日本社会および農業・農学の展開
  1)「生産の農学」と経済価値
  2)「生命と環境の農学」と生態環境価値
  3)「生活の農学・社会農学」と生活価値
  4)「場の農学」と総合的価値
 4 地域という場

第4章 農林水産業と経済
 1 市場原理と戦後の世界経済
  1)ケインズ経済学と高度成長の思想
  2)比較優位性の原理に基づく国際分業論
 2 「市場の失敗」と「政府の失敗」―資本主義と社会主義
  1)先進資本主義国における高度経済成長
  2)高度経済成長と諸問題の噴出
  3)社会主義国における「政府の失敗」
  4)経済学の課題
 3 市場原理と農林水産業の特質
  1)「農林水産業の特質」論の展開
  2)技術的・経営学特質
  3)多元的価値産業としての特質
  4)地域的特質
 4 世界経済の動向と農業経済
  1)「小さな政府」論と規制緩和潮流
  2)市場原理とその修正―ドイツの「社会的市場経済論」の意義
 5 農業技術と農業経済学の方向

第5章 農林業と生態環境
 1 農林業を規定する生態環境
 2 「人口爆発」と食料・農業
 3 地球環境の悪化と農業
 4 農林業の果たすプラスの役割
  1)生態環境保全の役割
  2)食料自給率の問題
 5 農林業と生態環境をめぐる課題
  1)開発と環境をめぐる3つの立場
  2)新たな自然観・倫理観の確立
  3)持続的農業形成の条件

第6章 農業・農村と生活
 1 農村社会と家族農業経営
  1)農村集落の構造
  2)農村集落の協同性
  3)集落内農地の経済的性格
  4)家族と家の重要性
  5)家族農業経営の目標
 2 生活から見た農業と農村
  1)農作業の総合的人間性
  2)農村生活と文化活動
  3)製造・再編される生の場
 3 農村生活の展望―開放性地緑社会

第7章 持続的農村地域の形成―総合的価値の追求
 1 地域概念の検討
 2 トータルな「生の場」としての農村地域
  1)「生産(経済)の場」としての農村地域
  2)「生態環境の場」としての農村地域
  3)「生活の場」としての農村地域
 3 新たな場の形成―地域における総合価値の追求

第8章 都市と農村の結合
 1 都市・農村論の系譜
 2 ヨーロッパにおける都市・農村結合の思想
  1)田園都市論
  2)都市分散配置論
  3)都市・農村結合政策論
  4)農村間の格差是正と均衡
  5)EU空間整備政策の成立
 3 日本における都市・農村関係の現実と可能性
  1)単一核集中型空間の形成と問題
  2)新たな都市・農村関係の具体化

第9章 農業技術の革新と普及
 1 内発的発展過程と農業者の行為
 2 農業者の行為類型とその意味
  1)先駆的行為(先駆者)の意味
  2)採択的行為(採択者)の意味
  3)適応的行為(適応者)の意味
 3 農業者の行為類型と農業・農村発展の総過程
 4 農業・農村の発展と農学・農政の役割

第10章 農学の特質と研究方法および体系
 1 自然についての科学と研究方法
  1)近代科学の成立
  2)自然科学の特質
  3)自然科学における実験の意義
 2 人間についての科学と研究方法
  1)機械的自然観の普及と人間科学の自立
  2)人間科学の成立と特質
  3)人間科学における「理解と解釈」の意義
  4)理念型と比較
  5)学の哲学と生の哲学
 3 科学方法論の分化と統合
  1)科学方法論の対極化と「過渡地点」
  2)科学方法論の二元性克服をめぐる議論
 4 自然と人間の関係についての科学よ研究方法
  1)実際科学の領域と特質
  2)実際科学における「構想力」の意義
  3)実際科学の研究方法
 5 農学の特質
  1)現代農学の価値目標―価値追求の学としての農学
  2)生命の学としての農学
  3)地域の学としての農学
  4)統合の学としての農学
 6 農学の研究方法の多元性・統合性
  1)農学における自然科学的研究の方法―説明の類推
  2)農学における人間科学的研究の方法―理解と解釈
  3)農学における実際科学的研究の方法―構想
 7 動態的過程としての農学の研究方法
  1)農学研究方法の動態的過程―複雑性と需要統合的方法
  2)農学研究方法の諸段階と意味
 8 現代農学の体系
 9 結び

終章 要約と展望
# by warabannshi | 2015-12-23 19:54 | メモ | Comments(0)
佐藤仁(2011)『 「持たざる国」の資源論—持続可能な国土をめぐるもう一つの知』東京大学出版会
【目次】
はじめに
序章: 資源問題とは何か
第1章: 資源と富源 — その始まりと日本近代
 1. 変わる「資源」の意味
 2. 概念規定をめぐる過去の努力
 3. 資源より前にあった言葉
 4. 印刷物を用いた語源の探求
 5. 誰が好んで「資源」を用いたか
 6. 資源保全のアイデアと国際交流
 7. モノとしての資源観の形成
第2章: 国家的課題としての資源 — 戦前の動員と戦後の民主化
 1. 有限性の認識
 2. 松井春生と資源政策
 3. 敗戦と米国流民主主義の流入
 4. TVAを日本に持ち込むことはできるか
 5. 日本の資源と民主主義
第3章: 資源調査会という実験 — 中進国日本の試み
 1. 断片化する資源
 2. 資源調査会の挑戦
 3. 未完の総合
第4章: 「持たざる国」の資源放棄 — 国際社会と経済自立への道
 1. 戦前の国際情勢と資源
 2. 戦後資源外交の論点
 3. 資源放棄への道
 4. 想定される反論と「もう一つの知」
第5章: 資源論の離陸(テイク・オフ) — 高度経済成長と地理学者らの挑戦
 1. 学問対象としての資源
 2. 資源論の胎動
 3. 戦後資源論の出発 — 資源調査会関係者を中心に
 4. 資源論の共通項
 5. 日本的資源論の特性
 6. 資源論の将来と展望
終章: 可能性としての資源
 1. 資源論と批判的精神
 2. 資源論は何の役に立つのか
 3. 民主主義と資源の関係
 4. 日本の経験の国際的な意義
あとがき
参考文献(邦文、欧文)
索引
# by warabannshi | 2015-12-23 19:41 | メモ | Comments(0)
第702夜「改修中」
 ここ3日間ほどの夢のなかで巨大な改修中の駅に訪れている。この駅がいずれの夢でも同じ構造を保ち続けているかぎりでは、ほぼ全体像がつかめたように思える。北口、西口、東口の3つがあり、北東に向けてプラットフォームが伸びた、傾いだL字型の作りをしている。L字型の長いプラットフォームの中頃にあいた北口は、プラットフォームより他に通じていないので入ったらそのまま電車に乗っていくしかない。その電車がどこに通じているかは知らない。階段を降りずに窓をのぞくと、プラットフォームを覆う錆びたトタン屋根が遠くまで続いており、無数の瓦棒が固定化したさざ波のように見える。西口は昔ながらの面構えの商店街に通じている。天津甘栗の店が店先から濃い香りを放っており、こちらにもまだ訪れたことがない。いつかの夢で、ここで待ち合わせをしていたはずだが、誰を、なぜ待っていたのか思い出せない。下校時刻なのか、女子高生が何人もこの西口から駅の中に入っていった。東口はあることだけが感覚される。
 永福町、吉祥寺、渋谷、国立など、ここ数年で建てかえられた駅の、まさに改修中だったときの駅が貼り合わされているかのようであり、雨漏りのする迷宮のような一時凌ぎの造りをこそ、もっと真剣に記憶しておくべきだったと悔いる。古い駅と新しい駅のことは写真に残され、語る人も少なくないだろうが、その途中の駅の様子を憶えている人はどれだけいるだろうか。
 一度も飼ったことのない柴犬が水を求めて鳴くので、暗い台所に行って皿に水を汲んでやり、犬の舌が水を跳ねさせるのをしゃがんで見つめる。
「神様?」
 振り向くと音で目が覚めたのか、祖母Fがいる。
# by warabannshi | 2015-11-28 06:59 | 夢日記 | Comments(0)
塩谷さんお薦めの京都スポット
 「シンポジウムに登壇していただくために招聘したアメリカの研究者に京都(9月)を案内したいのですけれど」と塩谷さんに相談した結果、お薦めいただいたスポットの備忘メモ。未加工。いずれ京都の地図にプロットしたい。

・大徳寺(大仙院、高桐院)→今宮神社&〔あぶり餅 かざりや〕→上賀茂神社→〔イノダ珈琲〕で休憩→妙心寺(「瓢鮎図」;禅問答の解説)→予算があれば〔阿じろ〕で休憩
・三十三間堂→養源院(血天井)→智積院
・金閣寺→竜安寺
・相国寺→うどん
・二条城→神泉苑
・平安神宮(後ろから入る)
・京都御所(修学院予約)
・苔寺(要予約)
・嵐山の川下り
・東福寺

=食事処+おやつ=
・鰻@祇園う
・東寺どら焼き@笹屋伊織
・からいた煎餅@水田玉雲堂
・豆大福@出町ふたば
・大徳寺納豆@大徳寺
・南禅寺の豆腐
・鴨川納涼床
・中東(完全予約)
・四条烏丸に庶民的な店多し
☆菱岩(日本風弁当:新幹線のなかで食べられる。要予約。11時30分から販売)

=京都大近くのシンポジウム後に10人くらいで使える飲み屋=
門、おむらや、もぐらの宴
# by warabannshi | 2015-11-22 13:34 | 塩谷賢発言集 | Comments(0)
論文作成のために、その5:アブストラクトを作る
だいたいこんなところだろう。


 本論文は、土壌資源の扱われ方が約30年の間に食料生産の基盤から生態系サービスの基盤へと推移しつつあることをふまえ、土壌と農業をめぐる政策に実践的かつ倫理的な提言をすることを目的とした。
国際土壌年にあたる2015年、「世界土壌憲章」が34年ぶりに改訂された。旧版では食料増産という方針が明確であったが、新版ではその必要が相対的に薄れ、各種生態系サービスの維持と地域の特性にあわせた土壌保全が重視されている。日本の土壌劣化は深刻なレベルではない。しかし、セクショナリズムのもとで、土壌資源が賢明に利用されていとは言い難い状況にある。
 明治以降の日本の土壌管理政策は、食料供給だけでなく、炭素吸着などのより多様な使用価値を土壌に見出す方向に推移していることがわかる。1970年代以降は、農業倫理においても、食料供給を越えて地域のより良い生活を維持する営みとして農業が期待されるようになった。これらをまとめると、日本における土壌資源の「賢明な利用」のためには、食料供給に留まらない多様な機能を担いうる、それ自体としては未確定なものとして、土壌資源を位置づける必要がある。そのうえで、地域の実情にあわせて新しく土壌の使い道を発見できるようにしなければならない。
 なお、「賢明な利用」といえばアメリカの土壌保全が連想されるだろう。しかし日本とアメリカの土壌管理方針は同じものではありえない。確かに、戦後日本の土壌管理政策はGHQを通してNRCSの影響を受けている。しかし、日本は国土面積をアメリカの1/26しか持たず、ダストボウルのような大規模な人災の経験を持たず、そして穀物戦略を持たない。
 目下、必要と考えられるのは、セクショナリズムを緩和し、土壌の賢明な利用のためのデータ収集と情報システムの整備と人材育成を促進する基本法の制定である。土壌は重要かつ有限な天然資源であるにもかかわらず、森林や水と比べて相対的に十分な注意を払われていない。そのため、インベントリーの更新も人材育成も十分になされていない。本論文が、人と土壌の新しい関係を可能にする倫理的研究につながれば幸いである。

This paper is intended to be a practical and ethical recommendation to policies surrounding soil and agriculture. It addresses how soil resources are in the process of transitioning from the base for food production to the base for ecosystem services in the past roughly thirty years.
The World Soil Charter was amended for the first time in 34 years at International Year of Soils 2015. In the previous edition, policies on food production were obvious; however, in the new version, that necessity has relatively faded while importance has been placed on the preservation of several sorts of ecosystem services and soil conservation based on regional characteristics. Japanese soil degradation is not at a serious level. However under sectionalism, it is hard to say that soil resources are being used wisely.
Since the Meiji era, it can be seen that Japanese soil management policy continues to transition towards the use value of not only food supply but also the carbon adsorption of soil, among other things. Since the 1970s, agricultural ethics state agriculture is expected to go beyond thinking only about food supply by pursuing a better life in the region. In summary, "wise use" of soil resources in Japan can play a variety of functions that do not belong to food supply. As that itself is still undetermined, the position of soil resources need to be determined. Furthermore, the use of new soil needs to be discovered based on regional conditions.
It should be noted that "wise use" of the United States' soil conservation is associative. However, it is impossible for soil management policy in Japan to be the same as in the United States. It is true that soil management policy in post-war Japan has been affected by the NRCS through the GHQ; however Japan is 1/26 the land size of the United States with no experience of large-scale man-made disasters of soil, such as the Dust Bowl, and strategic grain trade.
Currently needed is the mitigation of sectionalism, the enactment of the Basic Act to promote development, human resource development of data collection, and information systems for the "wise use" of soil. Even though soil is an important and finite natural resources, we do not have to pay as much attention to it as compared to forests and water. Therefore, inventory updates and human resource development has not been fully realized. It is hoped that this paper will contribute to a better understanding of a new relationship between people and soil.
# by warabannshi | 2015-11-19 08:05 | メモ | Comments(0)
論文作成のために、その4:メモをはめこむ⑤
3.アメリカと日本の間の土壌問題の扱われ方の相違点
 3-2. 戦後の日本の資源論、農業倫理の変遷
 ―食料増産の必要性が明確だったころの農業倫理 (204)
 
Sukekata Kashiwa, the founder of the Kyoto Univ “Philosophy of Agricultural Science” chair from 1952 to 1971 defined agriculture as “human activities intended to realize higher economic value by rearing and raising crops and livestock that have vital lives, which are thus intentional activities”(Kashiwa,1987,150). Thus Kashiwa locates the realization of economic values at the core of his theory. Soda (2006) says his standpoint would rather accurately reflect the expected role of agricultural science at that time.
However, Kashiwa notes that the character of agriculture as an industry is different from the manufacturing industry in several aspects. For example, activities of agriculture need a seasonal work and must obey biological cycles that crops and livestock intrinsically involve. For that reason, the farm working is difficult to be organized formally and rationally. (Kashiwa, 1987, 261) An interesting points from the view of soil ethical is that Kashiwa designed a new term “syokubun (occupational duty)”, which indicates the future relationship between humans and land ownership (Kashiwa, 1987, 303). He insists that landownership should become a duty which to play a social-role and to feed a social-needs. He named such kind of the landowner’s sense of responsibility as "syokubun". It concerns an ethical standard of for farmland owners.

 ―食料増産の必要性がそれほどでなくなった時代の農業倫理 (269)
Keiichi Sakamoto held the KU Agri-chair from 1971 to 1989. Soda named the basic idea of Sakamoto’s concept 'agricultural science of life'. (Soda,2006,45). This is named by a comparison with Kashiwa’s philosophical system 'agricultural science of production' (Soda,2006,39).
Sakamoto tried to establish a system of values for the restoration of agriculture in opposition to the system of the industrialized society. He defines that agriculture is self-directed and intentional human activity, that serves to acquire the materials and information inevitable necessary for to the conservation, contentment, and flowering of the human life.(Sakamoto,1994,82) It's also agricultural science is the systematic accumulation of scientific knowledge and empirical skills which aims to realize human life.
Soda insists Sakamoto’s core concept of “life” could be extended to an ethical standard for those engaged in all fields agricultural production.(212) Soda was a chairman of the Rural Society Section in the governmental committee discussing the problems of food, agriculture,and rural areas. The discussion established The Basic Act of Food, Agriculture & Rural Areas in 1999, which is the first basic act of post-productivist era.
Tachikawa (2005) note Jap rural society changed from the state characteristic of the productivist era to the post-productivist era in 1990s. For example, Akitsu (2010) says, the first policy of agri-tourism, which has been called Green Tourism in Japanese administrative terms, was introduced in 1992 by the Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries.
Concerning to the viewpoint of the consumer gaze, the first magazine that guides readers into the rural life started in 1987, and the TV programs positively representing to represent the rural life affirmatively increased in the late of 90s.

 3-3. アメリカの土壌保全との相違点―ダストボウル、穀物戦略 (330)
This contrast may strongly reflect the differences of the industrial significance of agriculture between the two countries: the US is food exporting country and Japan is food importing country.Japan is the highest of agricultural net import value country in the world. The US is the world's largest agricultural exporter. And for the US, agricultural product have been one of the important strategic goods. Japan never have statements of the "productionism" in agriculture (exclude in early Edo era.)
Statements of the productionist norm must be found in slogans or aphorisms, such as Earl Butz's injunctions to “plant fencerow to fencerow,” and to "get big or get out." As Secretary of Agriculture under President Richard Nixon, Butz served during a time in which agricultural technology had expanded the productive capacity of American farmers to such an extent that it was possible for many to think that the American grain belt would “feed the world.”Butz saw the population of the developing world as a ready market for US grain, and in advocating the expansion of US productive capacity to supply these hungry mouths he became an icon for the productionist world view.
Thompson, 1994, 48

Tmp (1994) notes “productionism” held that farming was a production platform that should be evaluated in terms of fecundity and total yield. Many North American farm producers and agricultural scientist were putting forward arguments for “feeding the world” that stressed the need for new seed varieties and chemical technologies for increasing the total output of world agriculture. These arguments are complemented by Christian theological tradition which celebrate the virtue of industrious self-reliance, as well as a that endorsed the inherent goodness of highly prolific or fertile farming (The doctrine of grace), and The myth of the garden. These traditional background does not have been shared in Japan. And the national area of ​​the US is about 25 times that of Japan. Therefore, it is difficult to think that American agriculture ethics was established in Japan through soil management.
# by warabannshi | 2015-11-17 19:48 | メモ | Comments(0)
論文作成のために、その4:メモをはめこむ④
注釈などで用いるための戦後日本史のトピック諸々。
※ 合わせて431語、これくらいが妥当。

食糧難の1945-1950's
Japan experienced a serious food shortage after World War Ⅱ, so agriculture were expected to play an important role of supplying food. In 1950, 72% of the population still lived in rural areas and in 1952 almost half of Japan's population was working in the fields. In 1955, marked the beginning of "high speed growth", 41% of Japan's labor force was working on farms. At the same time 9% in the U.S.
In 1960, P.M Ikeda Hayato adopted as an official policy his "Income-Doubling Plan." It purposed to double both GNP and personal income by 1970. In 1961, The Basic Law on Agriculture established regarded agriculture genuinely as an industry. The policies based on the "Income-Doubling Plan" would strive to enhance the efficiency of agricultural production and, as the result of it, the farm income. In this period, farming communities were considerably behind the urban communities in living standards.
The importance of agriculture to the Japanese economy has rapidly diminished in Japan with economic growth.(166)

公害の1960's-1970's
During the late 1960s and 1970s, residents faced Industrial Pollution (Kogai) in virtually every neighborhood of the nation. While the government supported industry for strengthening the national economy, they disregarded the negative side, the impact of pollution. With few restrictions imposed by the government, businesses disposed of wastes by incinerating it or dumping it into waterways. In 1967 the Diet passed the comprehensive Pollution Countermeasures Basic Law, which became the base for a lot of lawsuits against pollution. "The Complex Contamination" (Fukugō osen), written by a Japanese novelist Sawako Ariyoshi in 1975 described result synergistic pollution.(96)

三位一体改革の2004-2006
In 2004, P.M Junichiro Koizumi decided a transfer of power from the central government to local governments. This transfer would be accompanied by a transfer of tax revenue to the local decision-making bodies, and major reduction of subsidies. Giving the local governments more autonomy would have two positive impacts: First, it would reduce the expenditures of the central government. Second, it would allow the local governments freedom to decide how tax revenues ought to be spent. The negative impact is that such a transfer would place the burden for providing public services on the local government. The decentralization policy, so-called "the trinity reform (sanmi ittai no kaikaku)", being carried out through 2006. (112)

農業人口の推移と土地利用の割合
The percentage of the population engaged in agriculture in Japan has been 38% of the workforce in 1972, and by 2002, about 2% of the Japanese workers were still working in the fields. The percentage of GDP accounted for by agricultural production about 1% in
2002. About 13% of the total land area is used for agriculture.(57)
# by warabannshi | 2015-11-16 00:34 | メモ | Comments(0)
論文作成のために、その3:メモを並べ替える
▼文字数のアタリをつける
 過去テキストとメモ書きを全部合わせると、言及の重複も合わせて規定の4500字を超えるようになった(*)ので、構成を考える。ざっくりと、500字 + 300字 + 2500字 (←400字+700字×3) + 1200字 の4段階を仮設。

(*)今回はA4サイズ、ダブルスペースで20行くらい。脚注と参考文献も同様。枚数は、18~30枚。4500語前後の規模。使える分量は概算で、「現状認識と問題提起」に5枚(1300語)、「仮説の提示」に2枚弱(450語)、「仮説の論証」に9枚(2250語)、「結論と展望」に2枚弱(450語)。
 英語で4500語くらいというと、日本語だと6000字くらいで、つまりは原稿用紙20枚くらいの規模であり、A4版だと5枚前後。それくらいの本文に、脚注と参考文献をつけるということは、脚注は多くても10個前後。参考文献の数は細かいのを含めて10~20本くらい。

▼内容のアタリをつける
 内容はひとまずこんな感じ。
1. 世界の土壌劣化状況は○○で対策は××。日本の土壌劣化状況は○○で対策は××。
2. 土壌という天然資源の「賢明な利用」のためには省庁横断的な基本法の策定が望まれる。
3. 土壌保全の日米比較
4. 土壌の使い道を考える思想的基盤として風土論を紹介。

    ↓付記:1時間後に書き直したバージョン
1.世界の環境/農業における土壌問題の現状
2.日本における土壌管理の政策の課題と提言
3.アメリカと日本の間の土壌問題の扱われ方の相違点
 3-1. 戦後の日本の土壌保全調査事業の変遷
 3-2. 戦後の日本の資源論、農業倫理の変遷
 3-3. アメリカの土壌保全との相違点―ダストボウル、穀物戦略
4.日本における土壌管理の政策・実践への倫理的提言


▼どこにどのメモが入るかのアタリをつける
 懸案は、「3. そもそも日本の土壌保全はこう進められてきた」の資料が日本語ばかりで英語に訳しきれるかということと、どれくらい注釈を入れることになるか検討がつかないこと(三位一体の改革とかどこから説明すればいいのか)。少しは英語資料のあるアメリカとの比較にして凌ぐか迷う。

 「1. 世界の土壌劣化状況は○○で対策は××」の対策では、リオ+21と、GSPの5つのピラーと、改訂版世界土壌憲章(http://soil-survey-inventory-forum.net/?page_id=48)を入れる。ポイントは「食料増産のための土壌保全」から「農業以外の場面でも土壌管理が必要」という推移。「1. 日本の土壌劣化状況は○○で対策は××」の対策では、国内法の整備の必要性を述べる。各省管轄の制度において土壌の扱われ方は異なることと、それにより保全活動の断片化が生じうること。包括的な土壌保全基本法の制定の必要性。
 劣化状況は詳述する紙幅がないので参考文献をあげるに留める。

 「2. 土壌という天然資源の〈賢明な利用〉のためには省庁横断的な基本法の策定が望まれる」では、日本の土壌保全が EU寄りというよりアメリカ寄りであることを指摘。"conservation as wise use of natural resources"。では両国で何が違うのか?

 「3.土壌保全の日米比較」にした方が良いな。最初の400字で、日本の資源論がアメリカのTVA(テネシー川流域開発公社)から大きな影響を受けたことを紹介。『〈持たざる国〉の資源論』から。
3-1. 明治以降の日本の土壌保全調査事業の変遷(戦後を中心に)
3-2. 明治以降の日本の土壌保全のそれぞれの段階はどのような“倫理”に基づいていたか?(資源論、農業倫理から考える。統合を目指した50年代と、省庁分割)
3-3. これらをアメリカと比較したときに何が言えるか?

 3-1,2と3-3の流れがいまいち良くない気がする。しかし、アメリカのダストボウル経験や他産業と密接に結び付いた穀物戦略を背景とするsoil conservationと、日本の(さらには東南アジア諸国の)土壌保全戦略を、簡単に一緒に論じることはできないとはどこかで言っておきたい。

 「4. 土壌の使い道を考える思想的基盤として風土論を紹介」が、単に「ローカリティって重要だよね☆」ではなく、時代の要請(生態系サービスという概念に基づいた統合への傾向)と、地理的・歴史的条件(狭い国土、万事にわりと儀礼的な"国民性")をふままえてなされるものだと強調できれば良し。

    ↓付記:「1時間後に書き直したバージョン」に組み入れる

1.世界の環境/農業における土壌問題の現状(1200)
- 土壌が重要かつ有限な天然資源であるにもかかわらず十分な注目・国際的対処がなされていない
- Earth Summit,1992、Rio+20,2012、GSPの5つのピラーの紹介
- 新旧世界土壌憲章の比較
2.日本における土壌管理の政策の課題と提言 (400)
- 省庁横断的な基本法の策定が望まれる
3.アメリカと日本の間の土壌問題の扱われ方の相違点
 3-1. 戦後の日本の土壌保全調査事業の変遷
(800)
 - 食料増産の必要が明確だった時代の土壌保全
 - 食料増産の必要が薄れた時代の土壌保全
 3-2. 戦後の日本の資源論、農業倫理の変遷 (800)
 - 資源の活用の統合をめざした1950年代
 - 潜在性に対する評価
 3-3. アメリカの土壌保全との相違点―ダストボウル、穀物戦略 (800)
 - ダストボウルから生まれたNRCS
 - 生産至上主義と穀物戦略
4.日本における土壌管理の政策・実践への倫理的提言 (400)
- 潜在的なものの「賢明な利用」のために土壌調査を行うこと

    ↓付記:さらに書き直す

1.世界の環境/農業における土壌問題の現状(1200)
- 土壌が重要かつ有限な天然資源であるにもかかわらず十分な注目・国際的対処がなされていない
- Earth Summit,1992、Rio+20,2012、GSPの5つのピラーの紹介
- 新旧世界土壌憲章の比較:食料増産が明確であった時代と、その必要が相対的に薄れた時代
2.日本における土壌管理の政策の課題と提言 (400)
- 省庁横断的な基本法の策定が望まれる
3.アメリカと日本の間の土壌問題の扱われ方の相違点
 3-1. 戦後の日本の土壌保全調査事業の変遷
(800)
 - 食料増産の必要が明確だった時代の土壌管理
 - 食料増産の必要が薄れた時代の土壌管理
 3-2. 戦後の日本の資源論、農業倫理の変遷 (800)
 - 食料増産の必要が明確だった時代の農業倫理
 - 食料増産の必要が薄れた時代の農業倫理
 3-3. アメリカの土壌保全との相違点―ダストボウル、穀物戦略 (800)
 - ダストボウルから生まれたNRCS
 - 生産至上主義と穀物戦略
4.日本における土壌管理の政策・実践への倫理的提言 (400)
- GSPの5つのピラーの実現のために
- 潜在的なものの「賢明な利用」のために土壌調査を行うこと
# by warabannshi | 2015-11-14 19:44 | メモ | Comments(0)



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