第734夜「妻Fの死」
 妻Fが1月の雪深い深夜にハイイロオオカミの群れに襲われて亡くなってから1年以上が経つ。しかし、依然として私は妻Fと暮らしている。私にだけ見える幻というわけではなく、周囲の人にも視認されており、仕事にも出ているので、ほとんど死者とは思えない。しかし、妻Fに彼女自身の死についてどう思うか、なぜまだ動いているのかをいまだに尋ねることができない。それはそうだろう。理屈が分からずに生じている現象だ。理屈を問うたら消えてしまうかもしれない。妻Fは彼女自身の悲劇について知らないわけではないようで、だから彼女の亡くなった場所である高級ホテルの裏山に私が行く支度をしているときに複雑な表情をしていた。線香を2束供えて、煙が樹々の間に無音で吹き散らかされていくのをぼんやり眺めながら、この1年間で数えきれないほどくり返してきた「妻Fが最期に知覚したり考えたりした諸々のトレース」を行う。現場にいるし、季節もあっているのだから、かなり近づくことができるはずだ。私は、彼女が感じたであろう疲労や、複数の咬傷の痛み、失血による眠気、もしここから助かるとしたらどのようなことがありうるのか、などの渦巻く思念と、ハイイロオオカミたちの荒い息遣いの音と、闇夜に浮かんでいたかもしれない幾多の緑色の双眸を思い浮かべ、それに重なろうとする。彼女はホテルがあることに気が付いていたはずで、そこまで逃げきれればあるいは、と思っていただろう。
 妻Fの死亡現場の近くにある高級ホテルは、私に同情的で、申し出てくれれば宿泊費はとらないと言った。私はいまのところまだこのホテルに泊まったことはない。ただコインロッカーと駐車場だけはありがたく貸してもらっている。もしこのホテルに妻Fと泊まりに来たら、どのような扱いになるのだろうか。私は悪戯のプランを弄びながら、ロッカーから荷物を取り出し、バイクに乗る。もちろん、私はそんなことはしない。「お客様、お2人でご予約ということですが、お連れ様は後からお見えになるのでしょうか?」とフロントで言われて、振り向くと死者である妻Fがいなくなっている、という可能性が捨てきれないためだ。実際のところ、死者はどのように存在しなくなるのか(あるいは存在するとは別の仕方で存在するようになるのか)、妻Fの事例の後では検討もつかなくなっている。
 もしかしたら、私は自分が死んだことに気が付いていない死者であるのかもしれない。1月の雪深い深夜にハイイロオオカミの群れに襲われて食い殺されたのは私で、だから妻Fは、私が私自身の死を思い出して消えてしまいはしないかと懸念して、複雑な顔を見せたのかもしれない。高級ホテルの対応も、私が無暗に成仏しないように、妻Fと口裏を合わせているのかもしれない。私はいま地上を歩いている人間にどれほどの死者が混ざっている可能性があるのかについて考えながら、バイクの振動音や廃熱を感じる。

# by warabannshi | 2019-05-20 10:02 | 夢日記
第733夜「外国語の上達」
 ノンストップライティングこそが外国語の上達の道である。
# by warabannshi | 2019-04-09 07:22
第732夜「老い」
命題:「目覚めの瞬間において倦むのが老いである」
 若干の息苦しさとともに目が覚め、わかりきった動作でカーテンを開けると、予想と寸分違わない角度で太陽の光が縺れたように差し込む。「これが老いか!」
 京都駅前のヨドバシカメラを挟んだ路上にミッキーマウスの小さな銅像が立っている。シンプルな乳白色で全身が塗装されているが、撫で牛のように頭部だけ塗料が剥がれ落ち、なんとなく宇宙飛行士のスーツを着ているかのようでもある。そのミッキーマウスが不意に語りだしたかのように。

前提:「夢の記録は『置いていかないでくれ!』という叫びである」
前提:「ただし置いていこうとする何ものもなく、置いていかれる何ものもない」

# by warabannshi | 2019-04-08 13:33 | 夢日記
第731夜「間柄論集成」
 知人Iの部屋に借りた金を返しに来ている。Iは机に突っ伏して眠っている。仕方がないので、13,000円と一筆箋を置いて帰ることにしようとするが、ふと彼の本棚に目がいく。ヤン・シュヴァンクマイエルが装丁を手掛けたかのような、硬いボール紙に白い産毛が生えた大きな叢書がある。よく見てみると、「間柄論集成」と銘打たれている。配本形式のようで、彼が持っているのは保坂和志の間柄論であり、他にも『木村敏 技術論・予測論』が全3巻であること、テオ・アンゲロプロスの間柄論などが刊行される予定であることなどが箱の側面の広告文に書かれていた。こんなものがあるとは全く知らなかった。帰ったらいそいで読まないとと思い、ノートに書き留めようとすると、Iが目を覚ましている。彼が眠っている間に部屋を物色していることについて多少の後ろめたさを感じ、借りた金を返しに来たが眠っていたので起きるまで待っていようかと思った、と弁明していると、彼は無言のまま、あっという間に他の本棚に覆いの布をかけてしまった。もちろん、「間柄論集成」の奇態な箱も見えなくなってしまった。
「太田さんが来たときには、本棚を隠すようにしているんです」
「どうして?」
「本の並べ方から類推して、あることないこと話すから」
「そんなゴフマンみたいなことはしない」
しかし、「間柄論集成」の中身を読ませてほしいとは頼みづらくなった。まあ、帰り道に図書館に寄れば済む話なのだが。

# by warabannshi | 2019-02-18 06:27 | 夢日記
第730夜「砂嵐」
 アナログテレビの砂嵐のありとあらゆる砂粒に固有名があり、一粒として同じ粒はない。それらの位置と運動についての認知は何ら曖昧さを付与されることなく一瞬ごとに頭の中に流れ込んでくる。呵責のない複雑さ、そしてその複雑さがすでに始まってしまっているという怪奇さが、この砂嵐を耐え難いものにしている。逃れようと身動ぎをするたびに、樹木や鳥の形象がまるで救いのように思い浮かぶが、それらの形象はまったく、何の役にも立たない。内容的に苦痛かどうかはさておいても、質量的には疑いようもなく苦痛である。例えば、どのよう内容の音であっても、音圧が巨大であれば、音そのもので小さな羽虫が潰れて死んでしまうように、人もまた、解釈を怠ったまま久遠そのものに接すればたやすく消し飛んでしまう。
# by warabannshi | 2018-09-05 02:37 | 夢日記
第729夜「18」
 18は頼れる数字。そんな想念とともに、髪の間からぼろっと18が洗面台の上に落ちる。銀色の鈍い光沢を放つ18は、非常な速さで微振動をしているらしく、寿命が間近の蝉のように喧しい音をたてながら洗面台の上を転げまわる。本当に18は頼れる数字なのか? 訝しく思いながら、せわしく右や左の壁に激突する18を眺めていると、だんだん18が肥満した男性の姿に見えてきて、そのなかには父方の祖父の面影も現れてくる。18の振動はまったく衰える様子もなく、摘まみあげようとすると早々と察して逃げる。
# by warabannshi | 2018-09-04 06:56 | 夢日記
第728夜「ドロシー」
 双眼を見開いたまま凍り付いた少女の遺体とその右腕が柔らかな芝生の上に転がっている。先の竜巻に巻き込まれ、空中高く舞い上がり、そしていままさに落下してきたのだろう。彼女の命を奪ったのが、酸欠なのか、あるいは低温なのかはわからない。ただ、その角膜は、彼女が最後に見た景色をまだ記憶している。
# by warabannshi | 2018-08-13 07:26 | 夢日記
第727夜「ランドリコフ」
 身にまとった服が体に飲み込まれていく奇病の発作に見舞われている。何を着ても、肌の奥に蒸発するように消えていく。シャツや下着が飲み込まれていくたびに、次第に体毛が濃くなっていくような気がするが、質量保存の法則に惑わされて見ている幻覚かもしれない。ともかく、急いで飲み込まれない材質の服を探さなければ、一時間目に遅れてしまう。高校の制服は真っ先に飲み込まれてしまい、ジャージもすでにない。そして、試行錯誤の末に、革ジャンは飲み込まれないことに気づく。しかし、全裸で上半身に革ジャンをはおったまま往来を歩くわけにはいかない。
「ここがアラスカだったら!」
 そう願った瞬間、場面転換の音楽が流れてくる。
 古びた中欧の民謡のレコードのような男性の声が、幸せなら手を叩こうのメロディラインにあわせて、Up dollar to send your knee, Dear Randolikov, Dear Randolikov...と聞きなれない名前に向けた歌をうたう。
 次の瞬間、私は白い肌の海洋哺乳類となり、アラスカの海中にいる。鼻先で凍る寸前の水温を感じる。

# by warabannshi | 2018-07-31 07:48
第726夜「離人症」
 離人症と思しき症状を呈している。操り人形の糸だけになった気分、といえば聞こえはよいが、肉体のあちらこちらとつながっている白っぽい糸は中途半端に弛緩し、その弛緩の具合も一定ではなく、しかも太ささえ糸の途中で乱れているので、加熱して破裂した瞬間接着剤の飛沫を背後から浴びたような、ひどくみすぼらしい有り様となり果てている。無数の糸は中空でささやかな瘤状のものを作り、それらが私に視野や自我を提供しているらしい。私は、ベランダの椅子に呆けたように座っていた私の肉体の各部位を引っ張って動かし、だらしなく羽織ったアロハシャツのボタンを2つだけ留め、階下へと向かわせる。なぜかはわからない。来客があるのか。短期記憶はあの頭蓋骨のなかに置いてきてしまったのか。よろよろと急な階段を壁伝いに降ろす。すぐ横にある玄関の鍵をかけさせる。違う、来客ではない。私は私の肉体を台所へと向かわせる。意思は肉体の側に、そして能動性はこちらの側にあるらしい。私は台所の流しの前でプラスチックのボトルに入った、牡蠣殻を砕いて固めたような黒っぽい錠剤を山ほど右手に盛る。それを口に頬張り、水道の水で嚥下しようとする。反射もまた、肉体の側にあるようだ。何回かの嚥下のあと、私は再び私の肉体をベランダに向かわせる。急な階段を這い上がらせるのは至難の技で、すぐに足を踏み外して転げ落ちる。痛みのない傷みが加わるにつれていよいよ肉体の動きは鈍くなっていくので、いよいよ苛立たしい。やっとのことで引き摺るようにして私の不愉快な肉体をベランダに持ってくる。辺りは日没後の薄暗闇に沈みつつあるが、妙に騒がしい。私の肉体にとっての眠りが、この私の眠りと等価なものでありますようにと祈ったとき、不意に先ほど飲み下した大量の錠剤が睡眠薬であったことに気づく。風はなく、蒸し暑い。
# by warabannshi | 2018-07-23 07:43
[塩谷賢さん講義シラバス]2018年度前期「哲学表現基礎論」@早稲田大学理工学術院
※メモとして

【授業概要】
 表現は知的・心的活動全般にわたって不可欠な行為です。それゆえ、芸術、学問、信仰、政治、経済活動、日常のコミュニケーションなど、実際の活動のジャンル、目的、手段、参加者等によって多種多様な形態をとります。また。、生物における遺伝子型と表現型、数学や計算機科学での表現定理などの使い方にみられるように、表現は個人の主観的な行為にとどまらず、認識とのかかわりの中において、出来事としての構造的、存在的な側面をも含むものと考えることができます。
 この講義では哲学の見方を介して、表現の多岐にわたるあり方についてのひとつの視角を得ることを試み、各分野での表現の持つ意味への理解を深めます。
【授業の到達目標】
 様々な哲学者の考え方の紹介と検討を通して、概念分析やアナロジーなどの哲学的な思考の実践に触れることで、表現について自らの分野横断的な理解形成への手掛かりを得ることを目指します。
【授業計画】
第1回 導入(この講義の目的と概要)/この講義の目的と概要について説明します。
第2回 哲学的であるとは/哲学について、この講義で参照する立場について説明・議論します。
第3回 表現と記号/表現と記号の関係について、哲学的な側面から検討します。
第4回 形式的表現/形式的な表現において抽象性と表現の契機の関係を考察し、概念との関連について論じます。
第5回 スキーム・図式と背景・地・環境/表現の構造や個別性と表現のおかれている場の関係について考察します。
第6回 媒質としての表現/表現の動態的・自立的な面を「媒質」という見方を通して論じます。
第7回 表現における単位と制御/表現の機能的な構造と表現を介した制御について論じます。
第8回 表現とシステム/表現の働きをシステム概念との関係から考察します。
第9回 システムの間、場所と空間/表現の多様性と関係性を機能的な存在論の方向から論じます。
第10回 演技と現実/媒質としての表現の媒介性を実際に支える契機について考察します。
第11回 表現とコミュニケーション/コミュニケーションについて考察し、表現との関わりについて論じます。
第12回 技法と素材/表現の機能と、その実現におけるあり方と契機の関係について論じます。
第13回 表現主体と個人/表現における意図や目的と人間の関係について考察し、「意味」について論じます。
第14回 意味と創作/表現の動態性について認識論と存在論の2つの面から考察します。
第15回 学習した内容の点検と確認

【教科書】
使用しません。

【参考文献】
コーネリアス・ドゥヴァール 『パースの哲学について本当のことを知りたい人のために』(勁草書房)
ゴットロープ・フレーゲ 『概念記法』(勁草書房刊『フレーゲ著作集1』)
ラッセル・B.グッドマン 『ウィトゲンシュタインとウィリアム・ジェイムズ』(岩波書店)
スタンリー・カヴェル 『哲学の〈声〉』(春秋社)
モーリス・メルロ=ポンティ 「眼と精神」(みすず書房刊『眼と精神』に所収)
今村仁司 『ベンヤミンの「問い」』(講談社メチエ)
ヴァルター・ベンヤミン 「言語一般および人間の言語」(晶文社刊『ベンヤミン著作集3』、ちくま学芸文庫刊『ベンヤミン・コレクション1』に所収)
スティーヴ・アウディ 『圏論』
外尾悦郎『ガウディの伝言』(光文社新書)

# by warabannshi | 2018-07-21 17:43 | 塩谷賢発言集



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