吉祥寺の駅の近くで、カー・ホームレスのように、大型のバンのなかで寝泊まりしている。けれど、ほんとうにカー・ホームレスなわけではなくて、自室がこの大型のバンであるというにすぎない。事実、明日は家族とどこかに小旅行しにいくという約束をしてある。
パジャマ代わりの寝袋に入って眠っていると、誰かがガラス窓を叩く音で目が覚める。 友人・Uである。ガチョウの羽根のようなボアのついた黒い上着を着ていて、それでいまが戸外が冬であることに気がつく。 「あー、来た」という挨拶。知っている。見ればわかる。 とりあえずいままで眠っていたバンの後部座席をあけて、Uを招き入れる。UCCのインスタント・コーヒーカップでコーヒーを淹れる。 「メールを送ったんだけれど、届かなかった?」 「いま、うち、携帯なくしているって言わなかったっけ?」 「あー、そうだったー。太田君、君はほんとうにバカだな」 そんな会話をしながら、うちはノートパソコンを取り出す。もしかしたら、Uの送ったメールはYahoo!メールに転送されているかもしれない。 「そういえば、I君のPCのメアドっていまわかる?」 「わかるけどなんで?」 「前に君の部屋で話していた塩谷さんの科学哲学講義についてのメールを彼にも送りたいんだけれど、携帯をなくしてアドレスがないの。勝手に教えてもらったりしちゃマズイかな」 「いやー、気にすることはないと思うよ」 Yahoo!メールはいつの間にか大幅なカスタマイズがされていて、閲覧するのが非常に面倒くさい。カーソルを動かすと、風圧を模したような力が働いて、ウィンドウが紙のようにぺらぺらとめくれあがる。さらに、【送信時間】という表示列までできていて、「0.00984秒」みたいなどうでもいいデータが【題名】よりも強調されている。 「最終バスが出発します! お乗りになる方はいそいでください!」 吉祥寺初のバスがなくなるらしい。Uはバスに乗ってここに来たのではないか? 「U、バスなくなっちゃうみたいだよ」 「泊めてくれ」 即答である。 「あ、そうだそうだ思い出した。ビックカメラに行かなくちゃいけなかったんだ」 そう言うとUはまたボア付き外套を着て、すたすたとバンから出ていく。 待っていてもいいのだけれど、ヒマだし、彼がどんな電化製品を買うのか気になるのでついていくことにする。 吉祥寺はちょうどいまの季節は白夜らしく、午前二時だというのに夕方のように明るい。そのせいか、街には人通りが多く、人混みのなかで60メートルほど先を歩いていたUを、たちまち見失ってしまう。携帯でメールしなくちゃ、と思いながら、うちはその携帯を持ってない。 レンガ敷きの、数層のショッピングモールまでやってくる。ジェラートを頬ばりながら三人くらいの女の子が歩いてくる。なんとなく口寂しい。Uのことだ。うちがついて来ようが来まいが、気にせず自分の用事を足し、そして泊まると言っていたうちのバンに戻ってくるだろう。だからうちはビッグカメラまで行かずに、バンで待てばよい。その前にジェラートを買って食べよう。そう思う。 女の子たちの来たアーケード街の方はとりわけ人混みがはげしい。なにか個展が行われているようで、道ばたでミレイの『オフェーリア』の模写が売られている。《ラファエル前派》展なのだろうか? そういえば、前にもこんなことがあった気がする。そう、若い警察官・「桜坂康輔」の左足の甲を、冗談交じりに拳銃で撃ったときだ。拳銃は、巡回中だった彼のものを奪った。拳銃で警官の足を撃ってから、けっきょくどうなったのかは覚えていない。ただ、そんな酷いことをしたあとでも、彼はときおりうちの木造アパートにあがりこんでビールを飲むくらいの友人である。 アーケード街をたいそう歩いたあとで、ついに大きなレンガの壁に突き当たる。デッドエンド。この商店街はこんな構造になっていただろうか? しかし、壁には体育倉庫の扉のような、そっけない灰色をした鉄製の観音扉がつけられている。 その扉を開けてみる。 すると、いままで商店街だったのが嘘のように、広々とした運動場が広がっている。芝生がていねいに育ててあって、目の前にはちょっと網がやぶけているサッカーゴールがある。太陽はいつの間にか正午に近い位置にまで昇っている。 サッカーウェアを着た中学生くらいの男子が、汗だくになってうちの足の近くに座り込む。息が荒い。走り込みでもしていたのだろうか。そして、サッカーゴールのゴールポストに座り込んだ彼には、うちの姿が見えていないように思える。 「ういーす」 夏服を着た、彼と同年齢くいらの女の子がやってくる。バカっぽいというか、四、五人のグループでいつもぎゃはは笑いを連発していそうな感じであり、しかしそれが“ふり”であることも同時にわかる。女子はいきなり、ぶっ、と放屁する。さらにサッカーウェア男子も、放屁する。いったいなんなんだこれは。しかしすぐに意味がわかる。コミュニケーションだ。小津安二郎の映画『おはよう』で小学生たちがやっているような。 サッカーウェア男子の隣に腰かけたアホ女子のふりをするその女の子には、すでにアンニュイさが感じとれる。彼と彼女がこんな閉じた、しかし微笑ましいコミュニケーションをいつからとりつづけていたのか、そしていつまでこれを続けるつもりなのかわからない。もう、そんなに長い時間ではないだろう。
by warabannshi
| 2009-08-29 03:40
| 夢日記
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