ヒグマの解剖を終えたあとで、気晴らしのために三十メートルほどの崖の下の造成地に行く。造成地はサッカーのフィールドほどに広く、シロツメクサやヘビイチゴの一種、またジギタリスが生えている。
崖ぎわに、まるで火の見櫓のようなものが建てられているので、それを見に行く。と、それが廃材を組み合わせて建てられた“ガレキの塔”であることがわかる。いずれ付喪神ともなりそうな諸々の品物が、うずたかく積み上げられている。“ガレキの塔”には、まるでネフロンの毛細血管のように無数の水道ホースがはわせてあり、それらのホースは“ガレキの塔”のてっぺんから、おそらく崖上まで続いていて、“塔”のまわりの崖からびちゃびちゃと水を流している。
“ガレキの塔”をよじ上って、造成地を見渡す。
すると、造成地だと思っていたのは、じつは競輪場のバンクで、まえにここは、私がピストに乗って走っていたところだと知る。コラール「主よ、人の望みの喜びよ」がバンクいっぱいに響きわたるなかをひたすら走っていたとき、この“ガレキの塔”に気がつかなかったのはおかしなことだと思う。しかし、まさにこの場所に間違いないのだ。それとも、この場所は、あるときは造成地であり、あるときは競輪場のバンクである、そんなどっちつかずの土地なのだろうか。
造成地=バンクを歩いていく友人Sを見つけたので、“塔”の上から声をかける。
「ねえねえ、これは誰が建てたものなの?」
「ほんとうは取り壊されるところだったんだよ。だから使っちゃっていいと思うよ」