手を叩くたびに、瞬間的に絶対零度の一点を作ることができる男になぶられている。「神」を自称するその男は、スーツ姿で空中に浮遊している。その微笑みはかぎりなく幼児的かつうさん臭い。だいたい絶対零度のそれも空中浮遊も、スタッフが裏でON/OFFスイッチを切り替えるような代物に違いないのだ。
やや広めの実験室で、浮いた「神」が手を叩くたびに金属的な「パキョッ」「パキョッ」という音がする。被験体として集められ、脱走を試みて失敗した十人ばかりの男女(私を含む)は、その音が鳴るたびに逃げ惑う。不意に、一人の男性の右手首から先が消失する。「神」の作り出した-273℃の一点に巻き込まれたのだ。数秒の間をおいて手首の断面から出血が始まる。
こういう状況下でできることは限られている。①全員で「神」に襲いかかる。②なんとかして「神」に延命を嘆願する。③舌を噛んで自害。皆はパニクっているので①は無理。「神」の性格からして②は問題外。となると③しかない。べつに舌を噛むことはない。突っ立っていれば「神」が私を殺すだろう。
逃げるのをやめ、ワイシャツの乱れを直していると、恐れない者には興味がないかのように、「神」は私の横をすり抜けていく。