母Nが二人目の弟/妹を産むという。
「高齢出産って、母体も危ないんじゃないの?」と私。
「まあ、できるうちにできることはやっておかないと」と母N。
だからその「できること」が「できるうち」に入っていないと言っているのに。
外は小降りの秋雨。建て替える前の家は、母Nの作る炒飯の香ばしい匂いに満ちている。これから十ヵ月ほど、彼女の代わりに私が料理を作らねばならなくなるだろう。面倒くさい話だ。しかしこれを奇貨として作れる料理の幅を広げよう、と思い立つ。さっそく、料理上手な友人Sに電話をかける。
「もしもし? こちらは太田だけど、Sのレシピ集をコピーさせてくれる?」
「いいけど、まず生物のノートを返して」
「生物のノート?」
そんなの借りた記憶がない。電話の向こう側ではなにか捜し物をしているらしいざわめきが漏れ聞こえる。
「レシピ集をもっていくから、生物のノートを返してね」
そう言って、電話は切られる。
やがて建て替える前の家の玄関に、笠と蓑を着けたSが現れて、雑誌の切り抜きを貼り付けた分厚いスクラップブックを私に差し出す。もちろん、Sが私に貸したという生物のノートは見つかっていない。なので、過去問や問題集からの切り抜きをキャンパス・ノートに貼りつけた、急ごしらえの生物のノートを渡す。