探索記録33「音声入力について、さらに」
 音声入力ソフトAmiVoiceを買って、その性能の高さに驚いたことは、以前にこのブログでお話ししましたが、このAmiVoiceを使って、これからは「基本的に文字入力をキーボードではなく音声入力で行うこと(夢日記を除く)」を、25歳からの方法論的抱負としたいと思います。
 肉体という、強固な、寝ても醒めてもはなれがたい建築物を通して、「声に出して書く」ことで、現行の文体がどのように変わっていくのか。どのような変化を余儀なくさせられていくのか。それが楽しみです。あと、この肉体の精度と機能も知りたい。これはキーボードに向かうよりも、発声したほうが、すくなくとも私の場合は、圧倒的に高い有効数字でわかります。滑舌が良い(=誤入力が少ない)のはどの時間帯なのか。自転車で長距離を走ったあと、どれくらい適度な興奮は持続するのか。ビールを飲みながら話す効果はどのようなものか。「声に出して書かれた」テキストの固有な調子を削がないような推敲・添削とは……、などなど、試してみたいシチュエーションや実験・観測は山ほどあります。あと、ライブコーディングみたいにネットラジオと連携させて記事が書かれる実況中継もやってみたい(というか「実況中継」がそのままテキストになるのですが)。
 じつは四年ほど前からこの「声に出して書く」方法は構想していたのです。が、 例えばIC レコーダで一時間ほど声を録音した場合、テキストデータに起こすのにだいたい四時間から六時間くらいかかってしまうのですね。なので、面倒くさくて、結局放置して、死蔵、ということがつづき、頓挫していました。だからこの音声を直接入力できるソフトが可能にしてくれた選択肢は、どれもこれも本当に豊かなものです。
 ところで音声入力ソフトを使ううえで、「声の書き込み」ができる「場所」は重要なファクターとなります。一つは、べらべら独り言をしゃべっていても迷惑でない、そして雑音が入ってこない、ある程度防音されたところ(つまり自室)が、主にこの「声に出して書く」舞台となるということです。まあ、 IC レコーダーで録音すれば、屋外で「声に出して書く」困難さもわりと解決することができるような気がします。雑音の問題は依然として残りますが……。もう一つは、「場所」というファクターが、どのようにテキストに影響を与えるかについてです。これは常々、実験したいと思っていたことです。宮沢賢治は岩手・花巻の農村を早足で歩きまわりながら『春と修羅』をメモ帳にシャープペンシルで書きまくっていました。西欧美術史において、19世紀中ごろからバルビゾン派が、アトリエで肖像画などを描くことが常識だった絵画を、郊外で風景を描くことができるものへと、その方法論的な選択肢を根本から作り出したように、日本文学史においてもまた、モバイルや、こういう音声入力ソフトの技術的発達によって、ある風景・風土のただ中において書かれた散文作品を作り出すことが可能となることでしょう。(郊外での絵画制作は、「チューブ入り絵の具」の開発という技術的発展が可能にしたものです)テクノロジーはそのようなやり方で、私たちに影響を与えます。21世紀、小説家はその執筆において、ICレコーダを片手にお気に入りの場所に行くことが、何より大切なことになるかもしれません。
 ICレコーダを片手にもつ小説家が練磨しなくてはならないのは、何よりもその「語り」です。太宰治あるいはカムイユカラの歌い手のように、トリュフォーの『華氏451』に出てくる"本人間"(書物を読み、所有することを禁止された近未来において、書籍を丸ごと暗記する人々)のように、肉体という建築物の構成要素を言語で賄わなくてはならなくなるでしょう。同時に展開する理路の矛盾にどもったり、言いよどんだり口篭ったりしながらそれに耐えることが、最適な文脈に沿うことを可能にするのではないかと、いまはそう思っています。
by warabannshi | 2010-02-01 01:26 | メモ
<< 第337夜「呼吸困難」 第336夜「変な顔」 >>



夢日記、読書メモ、レジュメなどの保管場所。
by warabannshi
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
twitter
カテゴリ
全体
翻訳(英→日)
論文・レジュメ
塩谷賢発言集
夢日記
メモ
その他
検索
以前の記事
2024年 02月
2023年 06月
2023年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 10月
2021年 06月
2021年 04月
2020年 12月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 01月
2019年 11月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 02月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2005年 08月
2004年 11月
2004年 08月
その他のジャンル
記事ランキング