後頭部の、頭蓋骨と首の筋肉がつながっているところから、左右対称に二本の触手のようなものが生えている。触手の長さはちょうど腰のあたりまでである。束ねられたロングヘアのようにも思えるそれは、随意筋ではないらしく、動かそうととしても動かない。船越桂の「スフィンクス」に似ている。
触手のおかげで空中に立ったまま浮かぶことができる。しかし、空中に浮かんでいるあいだは、脳髄が凝固してしまったかのように、まとまってものを考えることができない。ウェルニッケ脳症になってしまったかのようだ。
地上、二メートルくらいのところに体を固定しながら、周囲に広がっている静かな庭園を眺めていると、足元に中年の庭師が来て言う。
「それは観念の額と呼ばれるものだよ。一夜のロジックで構成されている」
「ずいぶん物知りなんですね」
庭師が立ち去ったあとで、いまの中年男性がウィトゲンシュタインであることに気がつき、あわてて高空から彼の姿を庭園のなかに探すが、もういない。