第359夜「百物語」
 巨大な半球のガラスにすっぽりと覆われた神社の森で、百物語をしている。透き通ったガラスの外では白い月が満ち欠けをゆっくりと何度も何度も繰り越しながら、ちょうど黒い森のなかに落ちていったところである。外の黒い森には、コウノトリが群棲しているので、入ることが出来ない決まりになっている。
 五、六人ほどの名前の知らない友人たちと、制服のまま、車座になって怪談を披露しあっている。ランタンの明かりの元では、みんなの顔色が悪く感じられると思う。ぐるぐると順番は回り、なんというか超越的に美しい女子が、怪談を話しはじめる。
「ある日、男子生徒の一人が放課後の半教室に何か忘れ物を取りに行ったんだって。すると、見知らぬ女子生徒が教室の後ろで退屈そうに文庫本を読んでいたんだ。彼女は何て名前なんだろうと思いながら、彼は彼の忘れ物を探し当てた。教室を出ようとしたとき、彼は気づいたの。黒板の隅に日直の名前を書く欄があるじゃない。そこに『誰』って書かれていたんだって。だから彼は『あなたは誰ですか?』と彼女に聞いた。彼女は黙って文庫本を置くと、嬉しそうに言った。『あなたの苦痛です。…この掛合いを忘れないでね。忘れると永劫、この教室から出られないよ』そして、彼女は通学鞄を持って教室から出ていった。それ以来、その男子生徒はいまも行方不明なの。
 これが私の話、『代わりばんこの教室』」
 私は正直なところ、非常に怖かった。皆はわりと落ち着いた顔をしている。私は私の恐怖を気取られないように、理屈をこねる。
「面白いけど、少し無理がある。その男子生徒がいまも行方不明なら、なぜその『代わりばんこの教室』の話を君が知っているの?」
「だって、私が教室から出てきた女子生徒だもん」
 友人たちは皆、笑った。私も笑おうとしたが、笑えなかった。
 気がつくと、私は夕方の特別教室の前にいる。なかに入ると、汚れた布製のマスクをした、黄色いリボンの似合わない女子生徒が、大儀そうに机に突っ伏している。制服やリボンの具合から、涼宮ハルヒのコスプレのように見えるが、全然似合わない。それは彼女が肥満しているせいだ。醜悪ですらある。彼女のことを視界に入れないようにしながら、夕陽に照らされて眩しく光る黒板を見る。日直欄には「ダーリン」と書かれている。
 ここが「代わりばんこの教室」だろうか。聞いた話と大分違う。しかしもしそうだとしたら、下手に騒いで、眠っているらしい彼女の目を覚まさせたら大変なことになる。静かに教室を出ようとすると、さらにもう一人の女子が教室に入ってくる。涼宮ハルヒその人である。彼女は私を見て言う。
「あんた、誰?」
 すると、まるでそれが合図であったかのように、空いていた窓からビニール製の風船のような色艶の黒子が乗り込んでくる。黒子はあきらかに教室のドアのものである鍵を奪い、再び機敏に窓から逃げ出す。
「泥棒!」
 私は叫び、窓から追う。誰もいない校庭を突っ切り、路面の濡れた坂を駆け下りる。黒子は、律義に「赤」を点らせている信号機で停まっている。私は黒子に追い付き、顔を殴りつけ、組み伏して、黒子が持っているはずの教室の鍵を探すが、どこにも見当たらない。黒子は身体検査を受けながら、「狼なんか怖くない」と歌っている。そうだ。たしかに、私の体はいまや狼である。いつの間に変身したのかわからない。人が狼に変身するときには、体のどこから狼になっていくのか、知りたかった。耳から狼になるのか、目から狼になるのか、口から狼になるのか、鼻から狼になるのか、爪から狼になるのか、尾骶から狼になるのか、知りたかった。
by warabannshi | 2010-04-14 11:19 | 夢日記
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