日曜日から水曜日までのあいだに、蝉か雀をのべ一〇〇匹、集めなければならないというきついお達しがある。桧原村かどこか、バスが一日に四本くらいしか通らないような山奥で、諸子百家の学の一つ、「燕学」の実習があるためだ。燕学がどういうものなのか、知らないし、聞かされてもいない。
自宅の前では、謀ったように、ツクツクホーシがそこら中にぶら下がっていて、ステンレスたわしのような鳴き声で大気をいっぱいにしている。停めてある自転車のハンドルにも、二匹、連なっている。さっそく捕まえようとするが、素手ではどうしようもない。手を伸ばすとあっという間に逃げてしまう。影が見えるのかしらない。
「虫取り網を使うのは禁止されていなかったけ?」
二階の窓から面白そうにこちらを見下ろす弟Yに訪ねる。
「わからない。それに魚用の投網しかないよ」
「それでもいいや」
雀は先ほどから何十匹も、何百匹も、同じ入射角で、地面に向けて降ってくる。こいつらに向けて投網を放ればいい。
地面はもう雀でいっぱいでありそうなものだが、路上に雀は一匹も見当たらない。
玄関から入ると、祖母Fがファックスと悪戦苦闘している。従姉Aからの履歴書が送られてきているらしいのたが、祖母が機械の挿入口につっこんでいるのはテーブルクロスに使う白いレース布地である。