奥行きのあるドイツビールの店で、名前の知らない旧友たちと盛り上がっている。店の隅には濃い茶色のピアノが一台あり、誰かが弾いてみてよ、という話になる。小学校のときはきゃんきゃん騒いで校庭を走り回ることくらいしかしていなかったはずの友人Nが、「仕方ないなあ」と肩をすくめて、ピアノの前に座り、おもむろに私の聴いたことのないソナタを弾きはじめる。私は完全にそれに聴き惚れる。しかし、「弾け、弾け」といっていた当の旧友たちは、カウンターに蝟集して自分たちの身の上話に夢中である。こんな素晴らしい演奏をまるで家具のように扱う彼らに嫌悪を感じる。
ソナタを弾き終えた友人Nは、こんどは私に目配せをする。弾け、と。私はピアノが達者ではないが、友人Nの名演奏を聴いていなかった旧友たちにあてつけるために、ムーンライダース「No.9」の伴奏を弾きながら歌う。
ピアノは「APOLO」という知らないメーカーのもので、音は鉄琴のようでもあった。