9階の本屋で買い物をしている。ミネルヴァ書房の灰色の表紙の単行本を2冊買ったが、欲しいもう1冊が書架にない。店員に探してもらっているが、なかなか見つからないらしく、私の名前が呼び出されない。手帳のコーナーも一通り見終わってしまい、退屈していると、閉店を告げるオルゴール曲が流れ始める。
明日また来よう。それまでには補填されているだろう。エレベーターで降りると、1階は買い物客が犇きあっている。歳末の大売出しと幾つかの催事が重なっているようで、おこわと焼き栗の匂いがむんむんとしている。買い物客の顔は誰も彼も、段ボールのように薄汚れていて、居たたまれない。
空くまで本屋で待とう、閉店直前まで。そう思い、エレベーターに戻る。12階まであるが、9階の本屋は12階の上にある。
そもそも私は何の本を買ったのだっけ? 両手に1冊ずつ持っていた本の題名を見ると、右手のには『Q********(不明:英単語)』、左手のには『変身願望と輪廻』。なぜかすでに、カバーは剥がれている。
上昇する筐体に揺られていると、不意に6階で止まり、扉が開く。
「いらっしゃいませ!」
和風居酒屋らしく、着物のようなコスチュームの女性が迎えてくれる。
「すいません、行きたいのは9階なんですけれど、止まっちゃって…」
「もう最終便が出てしまいましたよ。厨房で使う直通エレベーターで良ければご案内します」
「お願いします」
酔客たちが行き交う廊下を抜け、厨房をくぐり、窓を開けて、
「どうぞ」
そう示されたのは、弁当や食器などを運ぶ籠である。ビルのガラス拭き用のリフトをずっと貧弱にしたような代物で、高所の風に揺れている。私は正直、まったく乗りたくなく、やっぱり帰ります、と言いたかったが、女性店員他、厨房の料理人たちの私の度胸を試すような視線を感じる。
礼を告げて、籠に乗ると、滑車が嫌な音を立てて回りだす。7階からは安宿らしく、雑草の繁茂したベランダ越しに、赤塚不二夫が原稿を描いているのが覗き見える。