彼女Fとジャクソン・ポロック展に行く。会場は、すでに廃校になっている奇妙に天井が高い小学校で、夏でもないのに糸瓜の蔓と葉がびっしりと壁面をおおって揺れている。
受付にはスーツの秘書然とした女性が座っている。私は二人分のチケットを財布から取り出そうとする。そのとき、受付の女性が
「当館の規定にもとづき、財布は没収させていただきます」
そう言い、私の手から財布をひったくる。そんな規定があるものか。しかも受付嬢は私の財布を彼女自身のものとおぼしき鞄のなかに入れようとしている。私は憤然として、「返してください」と詰め寄り、腕を掴む。
途端に館内に鳴り響く、警報。
これはそういうドッキリなのか。それとも現代アートなのか。と考えながら、私を捕縛しにくるであろう係員を待ちうけていると、現れたのは、ヨーダほどの体躯の小柄な中年女性で、一目で館長とわかる。財布の取り合いをしているこちらの仲裁に入るかと思いきや、手持無沙汰にしている彼女Fのナビゲーターを静かに勤めはじめる。そういうサービスか。私は落ち着いて、受付嬢から財布をむしり取る。
塗料の飛び散ったキャンバスを、飛ばし飛ばし見ながら、急いで館長とFの二人に追いつこうとする。しかし、あきらかに仕返しを企んでいる受付嬢の視線が気になって気になって、もはや何を見ているのか、どういう順路で進んでいるのか、わからない。
二階部分が吹き抜けになって、天井が鉄骨でささえられたガラス張りの温室のような廊下で、ようやく館長に追いつく。Fはいない。人の一人も通っていない。
「ここから振り返ってご覧なさい」
私は言われた通りに振り返る。
「太陽の光が眩しいとき、入射角と目じりのかたむきが直角になるようにすると、ちょうど盆に水が注がれるようにきちんと風景をエーテルで満たすことができます」
なるほど。燦々と降る光がまるでレニ・リーフェンシュタールの映画のワンシーンでも見ているかのように気にならない。とても気持ちが良い。網でからめ捕られたように、四肢が動かなくなる。
ふと気づくと、館長はずっと先に行っている。陽も傾いている。追いつかなければ、もっといろいろこういう技を聞かなければ、と私も急ぐ。しかし泡を凝固させたような、大小、無数のしゃれこうべが、壁全体から沸いているところで、とうとう見失う。