にわか雨のあと、濡れた銀杏並木でぼんやりしている。丸太を模したベンチはどれもびしょびしょで、ひどく疲れているが、座ることができない。無精せずに、部屋からタオルを一本、持って来ればよかったと思うが、銭湯に行くでもなし、片手に白いタオルを下げているのは感心できない。
雨上がりの匂いを嗅ぎながら、ぶらぶら歩いていると、林檎屋がある。
入口が広い、薄暗い店のなかには、握りこぶしから、かぼちゃほどのものまで、真っ青な林檎ばかりが並んでいる。ワックスを塗ってあるのか、妙に光っている。そして、エチレンの匂いを隅々まで放っている。ひとつひとつの林檎の下には値札が貼られていて、もっとも安いもので三〇〇円、五〇〇〇円ほどのものが相場らしい。円柱形の、奇形じみた果実もまた、うやうやしく天鵞絨の上に陳列されている。それも、胃がきゅっと縮むほどに青い。値札はついていない。店の奥で、人の動くような気配がする。
「地震がおきたら台無しだね」
「事実、雨にも弱い。ついさっきの雨で、天日干ししていた品はだいぶやられてしまった」
私は、銀杏並木の突き当りにある博物館を思い出す。私はとっさに駆け出す。干していて、雨で傷んでしまった兜、鎧などの収蔵品を、安値で買いとることができるかもしれない。
しばらく走っていくと、丁寧に、一つずつ、耐水加工された和紙で包まれた、直方体の干し柿が路上に一面に散らばっている。
踏んだら罰があたる、と直感してそろそろとつま先立って歩く。が、往来の人々は、まったくお構いなしに、その上品な菓子を踏んでいく。踏まれた干し柿は、潰れて、濡れた砂利と混ざって、橙を空に向けている。水たまりとはわけが違うのに。私は、怒りにかられる。そして、ちょうど足元に落ちていた、まだ潰れていない干し柿をつまむ。ぺりぺりと包装を剥がして、中身を口のなかに含む。酒のような、甘い味が鼻腔まで届く。噛んでいると、どんどん辺りは暗くなっていく。また雨が降るのかもしれないと思う。