砂浜に面した臨海学習施設に、小学生の一群とともにいる。曇天のこちら側にスカイツリーが見えているため、葛西臨海公園のあたりだろうと思う。もしかしたら、水族館の、一般客は入ることができない、学校関係の人たちのためのエリアなのかもしれない。そういう私も、彼ら、彼女らの引率である。コンクリート敷きの一角に集められた小学生たちは、皆、体育座りで指導員の女性の説明を熱心に聴いている。しかし、本当に熱い視線が注がれているのは、女性が手にしている特大のヒトデである。この腔腸動物が、左手の岩場にわさわさいると聴いて、その採集の時間が始まるのを待っているのである。
かくして、採集の時間は始まる。軍手を配るものとばかり思っていたが、素手である。岩で切ったり、ウニに刺されて痛い思いをしたりすることも、学習のうちと考えているのかもしれない。私もそれには賛成だ。引率の責務を忘れて、ざぶんと海のなかに身を投げ出す。無数の泡と音の向こうの砂の上に、タコノマクラを見つける。手を伸ばして、持ち上げると扁平だが分厚いその個体はずっしりと重い。生きているようである。その重みが、奇妙なことに、私の腕から肩、首、頭に至るまでの神経を興奮させるその瞬間に、いみじい細胞の一つ一つに力として満ちていく。並行して伸縮する筋線維の一筋一筋の強ばりをたやすく感じ取れるほどに、感覚が惑星のサイズにまで膨らむ。タコノマクラに毒をもつ棘の類はないから、何かの化学物質の作用ではない。私は、その三畳紀から姿をほとんど変えていない生物種のフォルムをまじまじと見る。しかし、愛と余分な言葉はこちら側にしかなく、すでにそれは沈黙している。 採集を終えた小学生たちは、先ほどのコンクリート敷きの一角で戦利品を広げたり、別の興味ある話題を話し合ったりしている。私は潮風に吹かれながら、先ほどの感覚を反芻している。背中の方に両手をついて、見上げると、海の向こう側にあったはずのスカイツリーが、すぐ背後に移動している。 「何しているんですか?」 生徒の一人が声をかけてきたのかと思ったが、よく出来た二足歩行の案内ロボットである。額の、アンモナイトを模したシンボルで、それとわかる。 「いや、距離に比べると、奥行の感覚を処理するのは、人間の眼は苦手なんだなあと思って。600メートル以上あるはずのこのタワーを、横に倒したときと、こうしてそびえたっているのを地上から見上げるのとでは、全然大きさの感覚が違うんだよ。わかるかな」 「そうなんですか」 「こうやって、真下から眺めていると、重力の感覚もおかしくなってきてね。タワーの先端に向けて、歩いていけそうな気もしてくるんだ。そして、いったんそう思うと、ますますその感覚は強くなっていく。そして、逆に重力の感覚は塗りつぶされていくんだ。淑女と老女のだまし絵を、同時に淑女と老女に見られないように」 そう言い終わったかいなかの瞬間に、私は自由落下を始める。重力加速度から空気抵抗による減速を引いた速さで、タワーの先端が遠ざかっていく。私はいったいいつ飛び降りたのか。夕焼けが視界の隅に入り、あっという間に空のすべてを橙色に染め上げ、強烈な懐かしさに包まれて、私はその感覚から切り離される。
by warabannshi
| 2014-02-04 13:29
| 夢日記
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