砂漠地帯の塔で非常にリーズナブルな中華料理の店に入るが、メニューに手をかざすとエビのマヨネーズ和えはセメダインの味がすることが不思議とわかり、どういうものが出てくるかわからないので店を出たいが、まるで中華料理というもの全般に偏見をもっている人のような振る舞いではないかという気持ちが心の中にあり、出るに出られない、という夢を見たことの記録を、いつものようにノートパソコンの画面を開いてとろうとする。しかし、ブログのホーム画面には、私が投稿した覚えのない記事が最新のものとしてある。カテゴリは夢日記のものなのだが、内容は、「私たちは未来への期待を過去形で語る癖がある」という1行のみである。私は夢を記録するとき、特に印象的ないくつかの語句や言葉を先にメモしておくので、何かの拍子にそのメモだけが、新しい記事としてアップされてしまったのではないかと考えるが、それはないように思えた。さらに、記事にはコメントが2つついている。1つめのコメントは支離滅裂なものであったが、2つめは、「だから、なぜ公開を続けるのかと聞いているのですが?」というものだった。夢日記をこうやってアップしていることへの、ずいぶん攻撃的な質問ととってよいのだろうか。しかし、なぜ夢の記録をとることについて、このように見知らぬ人から顰蹙を買うことになったのか。一瞬、逡巡するも、このコメントには返信しないことに決め、私はいつものように夢の記録をつけはじめる。件の塔には、8歳くらいの少年と少女がおり、結局、少年はその塔に残っていたが、少女はその塔を出た。また、私はロードレーサーのことを考えながら、石鹸で手を洗い、その後、大きな階段で成績評価のことについて歎じている学生たちのあいだを縫って1段飛ばしで階上へと走っていった。これらのシーンのつながりが、よくわからない。つながりのよくわからない断片は、ある断片が鮮明になるにつれて、相対的に希薄になり、消えていく。ある断片が記録として生き残ったからといって、その断片が残るべき正当なものであったとは限らない。石鹸で手を洗う私は、鏡に映った自分の顔を眺めながら、ロードレーサーのパンクしたタイヤのゴムを交換しなければならないとを考えていた。重要なことだ。しかし、私の口腔には、セメダインの味が残っている。私の手は石鹸で洗われたその感触を、舌の奥を痺れさせるセメダインの味ほどには残していない。私は残存する感触を、記録をとるときの導きの糸とする。エビデンスのない、検証不可能な記録なのであるから、どうすることもできない。しかし、言葉に、その痕跡は残るのではないか。何かが這いずっていったその跡が泥に波紋のように残るのではないか。あるいは、それは水面の波紋だろうか。いずれにしても、それらは消えてしまい、何が這いずっていったのかを波紋から見極めることはむずかしい。
そしてふと、何の前触れもなく、私が夢の記録をつけているこの瞬間が夢であるとに気づく。追いつけないものに追いついてしまったような感覚がある。いや、それどころか、追い抜かしてしまったのではないか? そう書いた瞬間、「追いつけないものに追いつき、さらに追い抜かしてしまった」という経験がじつに、じつに嘘くさく変質する。夢の記録のただなかに夢を記録するという営為そのものが安易に闖入してはならない。それは明示的に語られてはならない。夢の記録が記録によって歪むというのは前提であり、むしろ夢の記録は記録することの歪み以外の何かではないからだ。このことは、「鳥のさえずりを採譜するときに、五線譜に走らせるペンの音が採譜することはない」ということとは根本的に異なる。鳥の囀りを記録するとき、聴覚情報として知覚されているもののなかには、ペンの音だけではなく、心臓の心拍、風に揺らされる葉の擦れなどが含まれていて、しかしそれらは捨象される……ということとは異なる。夢の記録は、鳥の囀りの記録ではない。鳥の囀りは何人かで聴くことができる。さらに録音すれば聴きなおすこともできる。しかし、夢はそうではない。夢を記録する特権を持つのは、その夢のなかに身を置いたその人だけであり、さらに同じ夢に身を置くことはできない。そうであるからこそ、夢を記録するときに夢は決して追いつけないものなのであるが、夢を記録することが夢であると知れたとき、私はいったい何を記録すれば良いのか。
by warabannshi
| 2014-02-09 15:14
| 夢日記
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