学生寮の1室で、壁に備え付けられた3段ベッドの2段目で毛布にくるまっている名前の知らない友人が、キャンバスをぴったりと胸に押し付けて牡蠣のように離そうとしない。それが友人の描いた絵画作品であるならば何の文句もないが、どこぞでやっている展覧会に出品された、誰か別の人の作品らしいので、なんとかして彼とキャンバスとをこじ開けなければならない。窓の外は初夏の正午の陽光に溢れているのに、学生寮のこの収容所のような部屋は、薄暗く、そして臭い。
「おつかれさま。あれ、なんで皆いないの?」
齧歯類の顔をした友人が部屋に戻ってくる。徹夜明けらしく、強張っていると同時に曖昧な顔をしている。
「冬眠しているんだよ」
「臭いと思ったら、こいつまたベッドでクッキー食べたな」
齧歯類の友人は、私の私にもよくわからない応答に関せず、匂いのもとであるらしいクッキーを、牡蠣殻になっている友人の手前の、1段目のベッドの毛布から取り上げ、ごみ箱に放り込んだ。
「そいつは?」
私は彼に理由を話す。そして、私たちは2人で、つまり、私がキャンバスを抱きかかえている友人を羽交い絞めにし、表面が痛まないように細心の注意を払って、齧歯類の友人のほうがキャンバスを抜き取る、ということにする。
そうして、カイユボットの「鉋をかける人々」の部屋から、「人々」だけを消したような、がらんとした部屋の画が現れる。よく見てみると、壁紙がアール・ヌーヴォーの蔓草模様と思いきや、空中に浮いている3つのボールとそれを投げている男性の上半身が連続したものとなっている。ジャグラーの稽古場なのだろうか。そうだとしたら、天井が無暗に高いのは、ボールの数を増やしても窮屈な思いをせずに済むためなのかもしれない。なるほど、ここには行きたい、と思っていると、いつの間にか、辺りはその画に描かれたジャグラーのための部屋で、私の足元には、色とりどりの10個余りのボールと番傘と枡が転がっている。