市民大学として使われている吹き抜けの雑居ビルの高層階から、1階のそれほど広くない床めがけて肥満した男が身を投げた。幸いにも、巻き添えをくった人間はいなかったが、もし振ってきた男の真下に歩いてでもいたら、頭が肩にめり込んでいただろう。つぶれた男の腹の下から、黒い物が染みだしてきている。私は、それが当然のように血だと思ったが、眼を凝らすと、それはゼラチン質の微細な無数の文字である。どの国の文字かはわからない。精子のようにあてどなく震えるそれらの文字は、男の体内から放出され新天地を求めて外へ外へと動いているが、埃だらけの床で次第に活力を失くし、縮まって丸くなる。
「誰に殺されたのだろう」
研究が行き詰ったか本の読みすぎか何かで自殺したものだと思っていた私は、さっきまで私の正面で資料に目を通していた名前を知らないクラスメイトの発言に驚く。
「これは、種子を飛散させる果実の裂開だ。飛散したがった文字が、内側から果実を突き動かしたのだ」
もう1人、誰かが口をはさむ。なるほど。しかし、それなら文字は、乾いた砂粒のようであるはずだ。そうでないのは、十分に熟していなかった、ということだろうか。