何百段も階段を昇っているうちに感覚は麻痺していき、それまで何をしていたのかわからなくなる。青いワイシャツにネクタイを締めているが、灰色の薄手のパーカーを羽織っており、下はだぼだぼの部屋着のような木綿のズボンで、足には何を履いているのか覚束ない。一人で良かった。すれ違った名前を知らない顔見知りに驚いた顔で目礼をされたのは覚えている。息は切れていない。しかし、空気は乾いており、大分薄いように感じられる。軽い頭痛がしている。階段の踊り場の鏡は、良く晴れた青空を映している。ここが最後と思い、振り向くと、果たして、打ち放しのコンクリートに四方を直方体に切り取られた青空に、dignityを具現化したような巨大な黒い銀色の鉄塔の頂端が風に吹かれている。
正にこれを観ようとしていたのだ。私は非常に満足して、堪えられずに欠伸をする。誰からも忘れ去られたステンレスの物干し台には、もとは何だったのかわからない、朽ちた布が揺れている。私はその物干し台によりかかり、しかしこれを記録する術がないので、タル・ベーラならこれをどのように撮るだろうか、あるいはルネ・マグリットなら、とさまざまな無い物ねだりを喉の渇きとともに飲み込もうとする。