「塩谷賢、哲学を語る」@哲学塾カント 第1回「哲学は学問か?」 #02

 その前に断っておいたほうがいいや。まず、学問とは、という話をやったときに、同時に私は学者かという問いがあるはずだよね、真面目に考えて。学問というのは普通、学者の専門領域だということを普通みんな理解してますよね。つまり学者とはある種のプロフェッショナルだということになる。
 果たして私はプロの学者なんでしょうか。ここで皆さんから1000円なり2000円なりをいただいて、中島さんから上がりの一部をかすめ取るという形でやっているので、プロと言えばプロと言えるかもしれない。
 でも、今現在の状況において、学者は何をするかというと、学術雑誌、あるいは各大学の紀要に論文を載せるということをします。論文を載っけるか載っけないでガタガタみんなに言われ、論文が載ったらそれが印刷されて、最近はウェブで載っかってることもありますが、そういう形でやりとりをして、「論文から構成される雑誌」という一連の流れをつくっていくということをするのが標準的アカデミクスです。そういう意味で、私は論文を1本も書いてない人として(書いてないわけじゃないんだけど)悪名が高いんで、その限りでは、今のシステマティックな意味での学者では多分ありません、はっきり言って。
 さらに、私が、私は学者じゃないなと思う理由として、私は思い付きはいっぱいしますし、いろいろ考えるんですが、学問というのは当然ながら「知る」っていう言葉が入るんだよね。感じるだけじゃ学問じゃない。芸術は学問じゃないですよね。知るっていう言葉が入んなきゃいけない。知るはいろんな意味があるんだけど、ヨーロッパ系、英語だとKnowですよね。ドイツ語だったらWissenだけど、知るというのはものすごくきつい言葉として、伝統的には使われるんです。なぜか。知るとは「正しいことを知る」でなきゃ駄目なんですよ。正しくないことは知ってるとはいえない。だから「知る」ためには正しいということを確認しなければならない。思い付いたから正しいとは限らない。ということで、なんというか、もう嫌ったらしいぐらい地道な作業をやるんですよ。ロマン主義の時代に天才という概念があったけれども、すごいでしょう? 思い付いてワーッとやってる人が居る。でも思いつきだけじゃなくて、それがちゃんと知るということになるためには裏打ちがなされるようなことをしなきゃいけないんですよ。
 往々にしてすごい学者っていうのは、例えば社会学のルーマンとかは、思い付くことと、それからそれを確認することを分業する場合があります。で、分業する場合は弟子筋が多い。こういう思い付きだ。おお、いいぞ、いいぞと言って、確認の分業をすることによって、学派というのができるわけですね。そういう意味で、さっきジャーナルアカデミックというのは、知るということを確認するために作られたシステムだと言えます。知るということをきちんと押さえるために分業ということがなされ、知るということを押さえるために書くということが中心になったわけです。
 書くというのはつまり、思い付きを共有するんじゃなくて、書いたことによって、そうじゃない立場でも大丈夫にするということです。さっき言ったけど、知るというのはもう少し強い言葉なの。
 知るは必ず真実だっていうことと関わりがあるとすると、これも何が真実かって問題はあるんだけど、――真というのは、いろんな意味がありますし、皆さん、いろいろ思うところはあると思うけど、一つの、間違いなく言えるのは、「真」といった限りはどこに行っても「真」なんですよ。例えば、条件付きで真だったら、その条件においてはどこでも真なんですよ。О君は男である。アフリカに行こうが、アメリカ人が見ようが、犬が嗅ぎ付けようが、О君が男であるのは間違いはないと。ただ、もしかしたらSFの世界に行ったらО君は女になってるかもしれない。でも、その場合は、「この世界でО君は男である」というふうにすれば、ここはSFの世界じゃないんだから、それを削って、やっぱりこれ、この世界のどこでもずっと使えますということになるわけ。
 どこでもずっと使える、ということが、真という言葉の中に入ってくるということは、受け取る人間とかなんかによらずに、それが真である(=どこでもずっと使える)ということを確保しないと知るということにならないということになるわけで、そのときに書くということは一つの重要な役目になると。書かれたものを誰がどう読むということと、書いたつもりで読むということのギャップがあるわけだ。みんな言うわけですよ。俺はこういうふうに書きたかったんだ。おまえらの読み違えだっていうのがある。でも、もし、真を言うんだったら、――もちろん読み方の、読み手の問題もあるけど――その真だっていうことは、自分が書きたかったからということで担保されるもんじゃないですよ。
 そして学者というのはそういうことに関わらざるを得ない。だから、すごく地道なことをする。実験とかいろいろ、みんなちびちびやるわけです。大学へ毎日行って、ヒヨコの何かを調べるために、孵化器を持ってきて、温度調節してというのを1年くらいやって、それで間違いないねって話にして書く。でも、それだって、そのある今言った条件付けの中でしかできない。だから、知るっていうことはものすごく、そういう形ですごく強く「真」という言葉を取ると、知るっていうことはもうちびちびとしかできないんですよ。

……続く……

【告知】
中島義道さんの哲学塾カントで「塩谷賢の哲学道場」が始まりました!
2回目は以下のとおり。
日時: 3月28日(土) 19:30~21:15
参加方法: 要事前申し込み。HP(http://gido.ph/ )のアドレスからどうぞ。先着20名程度。
by warabannshi | 2015-03-21 23:33 | 塩谷賢発言集
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