第719夜「かくあるべし」
 御朱印がたくさん押されているほぼ正方形の重い色紙の四辺にはそれぞれ二字熟語が1つずつ書いてある。四辺のどこに何が書いてあるかわからない状態で、四辺のうちからどれか一辺を選ぶ。そこに記されている言葉が選んだ者にとって刺青のように逃れようのない指針となる。そういう正月や盆に行う儀式がある。無個性な一室で、私は四角いテーブルに着き、3人の名前を知らない同僚とともに、この作業を行っている。私は色紙の表側を見ることはできないが、臨席している者は表側を見ることが許されている。私は座ったまま色紙をかかげ、他の3人の表情を読む。その表情をして、四辺それぞれの吉凶を予め知ろうという賢しらもまた容れられている。
「左右のどちらかにしようと思うんだけど」
 私は誰ともなしにそう言う。3人の臨席者は何も言わない。臨席者は口をきくことを禁じられている。いずれの表情も薄笑いである。
「右手の方は譸って書いてある気がする」
 事実、擦り硝子を透かすかのように、「譸」という字だけは見える。しかし、この漢字を用いる熟語はもちろん、発音の仕方すらわからない。
「長寿とか、そういう意味合いだろうから、右手の方を選んでおけば安心だよ。左手の方は――」
 左の席に座っている同僚が失笑する。笑うことは表情なのか、それとも言葉なのか。
「わからないけれど、選ばない方がよさそうだ。だから、上の辺」
 私は選択し、そして色紙の表を見る。形も大きさも鮮やかさもばらばらの朱色の判のなかに、淋漓たる墨痕で「かくあるべし」と書かれている。色紙に書かれているのは二字熟語ではなかったのか。それとも、この一辺だけ特別なのか。あるいは左に座っている同僚の笑いが何かよくない反応を引き起こしてしまったのか。
 もともとこの上辺には「かくあるべし」と書かれていたかを同僚たちに聞こうとした瞬間、部屋のドアが激しく叩かれる。その振動で、空宙のどこかから物質ではないTrans-という接頭語が数えきれないほど溢れだし、私の頭に注がれる。同僚の1人はドアが破られないように全身を使ってドアへの乱打の衝撃を吸収している。これもまた指針のもたらした試練なのか。「かくあるべし」と宣託された私はどうするべきなのか。
by warabannshi | 2017-05-10 03:59 | 夢日記
<< 第720夜「流氷」 第718夜「インク壺」 >>



夢日記、読書メモ、レジュメなどの保管場所。
by warabannshi
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
twitter
カテゴリ
全体
翻訳(英→日)
論文・レジュメ
塩谷賢発言集
夢日記
メモ
その他
検索
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2023年 06月
2023年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 10月
2021年 06月
2021年 04月
2020年 12月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 01月
2019年 11月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 02月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2005年 08月
2004年 11月
2004年 08月
その他のジャンル
記事ランキング