指折り数えきれないほどの理由によって本来であれば足を踏み入れてはならない湖に、肩まで浸かっている。水は恐ろしく澄んでおり、夜の闇のなかでもなお、視認性の浸透圧によってこの異物たる私の体を溶かしにかかってくるようである。浮いているのか、立っているのか、痺れたようになっていて判別がつかない。
「1人だけ余っているな」
「そう言ってくれるな」
他にも湖には何人かの子供が浸かっているようである。私は子供らに連れられてこの湖に遊びに来たような気がするが、それも痺れたように思い出せない。上限の月以降の月光がちらちらと水面に乱反射し、眼の奥で像を結びかけては消える。
「書痙脱藩というのを知っているか? 脱藩は見つかれば死罪だが、書物を著し広く世に問うことを目指すためのそれならば見逃されることもある。以前、若い侍が脱藩の罪に問われて往来で斬り殺された。罪人のため遺骸は没収となったが、その妻は夫が書痙脱藩者であることを訴え、遺骸の返還と埋葬の許可を求めた。これについてどう思う?」
妻は遺骸を本当はどうするつもりなのだろう? 埋葬せず、隠し持って愛でるつもりなのではないか? 私はぼんやりと、五体を包む水を掬い、一口飲む。
「軟水だね」
「ああ、本当にやわらかい」