第84夜 「E.T(エンターティメント・ティーチャー)」
 複雑に入り組んだ地下鉄の構内を、E.T(エンターティメント・ティーチャー)と歩いている。E.Tとは端的に言えば授業が面白い先生のことなのだが、見た目も怪異で、担当科目にほとんど狂信的な愛情を持っていることが必要。ちなみに、隣を歩いているE.Tは顔のパーツがどれもこれも立方体か半球でできているポリゴンみたいな人。担当科目はわからない。解剖だったかもしれない。
「750円の切符を買うときに、いったい幾つまで五〇円玉は投入することがわたしたちには許されるでしょうか?」
「試してみれば、いいんじゃないですか?」
 自分も先生なので、E.Tの質問を軽く受け流す。
 この地下鉄の構内には前にも夢で何回か来たことがある。ここは動物園行きの電車が出るホームのある駅だ。といっても新宿西口地下ではない。井の頭線のどこかの駅のはずなのだが、井の頭線はすべて地上に駅がある。神泉駅がかろうじて半地下っぽい造りになっているが、複雑さの点でいま歩いている地下鉄の構内とはまったく異なる。エスカレーターはいたるところで昇ったり下ったりしている。少なくとも八本の路線がこの駅の発着口からは伸びている。巨大な発着口は天井がすべてガラス張りで、陽光を直接取り入れる仕組みになっている。とても暖かそうだが、じつはそうでもない。そこらへんのなってなさが、百年前のパリ万博で、近代文明を誇示するためだけに造られたモデルとしての駅のようだ。というか、パリの北駅か、ロンドンのワーテルロー駅がこんな感じだった気もする。「この駅には前にも夢で何回か来たことがある」と思うのは、そのせいだろうか。「実際に来たことがある」場所と、「夢で(あるいは本やマンガを読んで)来たことがある」場所は、どちらのほうが懐かしく思えるのだろうか?
 歩いているうちに、いつの間にかE.Tはいなくなっている。
 切符売り場に着くと、若いカップルがなかなか切符が出てこないので券売機の前で騒いでいる。男の方が、駅員を呼びにいったので、すかさずE.Tの言っていた問い(いくつまで五〇円玉は投入できるのか?)を検証する。
 五枚くらいであふれてしまう。
「だから、故障中なんですよ」
 後ろにいる駅員がそっけなく言う。「だから」はどういう意味なのか、「五〇円玉が五枚しか入らないから」なのか、「だから故障中だって言ってるじゃないですか」なのか、よくわからない。

 電車のボックス席のなかでは、十歳未満の姉弟が、それぞれ頭蓋骨で遊んでいる。
 まだ微妙に肉、というかプリンのように黄色い脂肪が頭蓋骨についていて、それを姉弟はていねいにこそげ落として磨いている。
 姉のほうはちょっと知的障害があるらしく、弟に話しかける言葉が明瞭でない。けれど、弟は姉と応答して、頭蓋骨を磨く、硬い草を束ねたタワシを姉に渡したりしている。二人とも浅黒い肌をしているから、もしかしたら日本人でないのかもしれない。姉は知的障害ではなく現地のことばしかしゃべれないだけで、弟は日本語もしゃべれるのではないか。けれど、姉が年不相応にぽーっとしているのはたしかだ。
 その姉弟が頭蓋骨を磨いている隣のボックス席では、どう見ても日本人の女性の四人組が近頃の恋愛の安っぽさについて嘆息しあっている。
「ほんとう、安っぽさといったらマクドナルドなみよね」
by warabannshi | 2008-02-26 09:52 | 夢日記
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