荻窪から、方南町行きのバスに乗っている。
ついさっきまで原宿のパスタ屋で、有機栽培系のアロマオイルを卸売りしていたはずなのだが、まったくそんな形跡はない。
場面転換したことが信じられなくて、指の匂いが嗅いでみるが、無臭。
(もしかしたら、原宿-荻窪-方南町は、荻窪を頂点とした二等辺三角形なのかもしれない。)
そんな仮説を思いつくが、それが証明されることなんてないだろう。
「ここ、自転車で走ったことがあるでしょ」
バスの隣座席に座った友人Bが言う。
Bの紹介で、原宿でアロマ売りをしてたはずなのだが、Bはそんな素振りを見せない。
窓の外を見ると、たしかに、自転車で走ったことがある風景だ。さらに言えば、そのときうちはこの道を彼女と自転車で逃げていたのだ。猟銃をもった老人と犬から。
路上は大型車が走ると音楽が鳴る仕組みになっている。
19の「友達の歌、卒業の歌」が流れている。懐かしい。
「えーと、遅刻した二人は、殺人事件に巻きこまれたようです」
いつの間にか、バスのなかは登山服を着た老人たちでいっぱいになっている。
さらに、バスは高速バスになっていて、無闇に早いスピードで道を走っている。
「逝ってしまわれた」
「逝ってしまわれたよ」
登山服姿の老人たちがギャグみたいにそんな台詞を言う。
顔面を鉈で割られて血みどろの夫婦のイメージが、浮かび上がる。
そうか、この二人が遅刻したのか。
バスが止まり、ガラの悪い運転手が怒鳴る。
「富士山はここだよ!」
老人たちはぞろぞろとバスから降りる。
仲間が死んでも登山はするのか。
「このバス、富士山が終点なんですか?」
「いや、これから大阪に行くんだ」
(追記 08.4.25)
竹取物語によれば、富士山は、月の住人であるかぐや姫が帝に渡した不老長寿の薬をその頂上で燃やしたことで名づけられたのだと言う。千年前に燃やされた不老長寿の薬は、煙になり、空気中に散布されて、微量に岩石などに付着し、いまでもわずかにその効力を保っている、と富士山を信仰する一部の人たちは漠然と思い浮かべたりするのだろうか。
だが、富士山の麓には、大量の蜘蛛が巣を張っている旅館や、温泉地、草地があるために、夢のなかでうろうろするに当たっては注意が必要である。