昭和五〇年代くらいの新宿大ガードの西口の交差点で、友人Uとタクシーをつかまえようとしている。
真夜中で、雨とみぞれが降っていて、Uはなぜか右膝に包丁を突き刺されている。(包丁が刺さりっぱなしなのではなく、刺し傷がある)
「まじ疲れたよー」
「いや、まじ疲れたよー」
連呼するU。「疲れた」と言い始めてからじっさいに動けなくなるが長い、と自分で言っていたが、右膝の傷があるから、じっさいにもう動けないだろう。
タクシーは、片側六車線の大通りを、びゅんびゅん走っていく。
けれど、どれもこれも客が乗っている。
Uに肩を貸しながら、みぞれのなかで、タクシーを止めるために左腕をあげ続けている。
なんとなく、悲惨が高じて快感になっている。
(※ 不意に、島田伸介が司会で、解答者は陣内智則だけ、というクイズ番組が頭のなかで始まる。数文字のひらがなを、意味が通るように並べ替える、という、なんとも小学生でもできそうなクイズ。
最初は「さしみ」、「くろわっさん」などの簡単なもの。
途中で〈ガリレオ・ガリレイが異端審問官に釈明する様子の物まね〉をやらせられる陣内。
なかなか上手い。)
タクシーはなかかな止まらない。
「これはもう、電車で帰るしかないよ」
無言になっているUに言って、そのままずるずると新宿駅に向かう。
いつの間にか、新井薬師前駅に飛んでいる。
Uの家には新宿より新井薬師前駅のほうが近いので、このままUを引きずってUの家まで行こうと決める。
哲学堂公園とは反対側。中野駅へと続く、人影がまばらなアーケード街をずりずりと歩いていると、向こうからピエロが一人、やってくる。
ピエロは化粧がやたらと濃く、やたら早足で、背中に数個のヘリウム入り風船を付けている。
ピエロとすれ違った瞬間、このピエロは(さっきまで頭のなかでガリレオの物真似をしていた)陣内智則のプライベートの姿だ、と直観する。
[メモ書き 080724 2:58]
きれぎれ (文春文庫)
町田 康 / / 文藝春秋
ISBN : 4167653036
p.12~14に同様なタクシーを拾えない箇所を発見。もしかしたら、この情景を夢に見たのかもしれない。