カテゴリ:夢日記( 723 )
第734夜「妻Fの死」
 妻Fが1月の雪深い深夜にハイイロオオカミの群れに襲われて亡くなってから1年以上が経つ。しかし、依然として私は妻Fと暮らしている。私にだけ見える幻というわけではなく、周囲の人にも視認されており、仕事にも出ているので、ほとんど死者とは思えない。しかし、妻Fに彼女自身の死についてどう思うか、なぜまだ動いているのかをいまだに尋ねることができない。それはそうだろう。理屈が分からずに生じている現象だ。理屈を問うたら消えてしまうかもしれない。妻Fは彼女自身の悲劇について知らないわけではないようで、だから彼女の亡くなった場所である高級ホテルの裏山に私が行く支度をしているときに複雑な表情をしていた。線香を2束供えて、煙が樹々の間に無音で吹き散らかされていくのをぼんやり眺めながら、この1年間で数えきれないほどくり返してきた「妻Fが最期に知覚したり考えたりした諸々のトレース」を行う。現場にいるし、季節もあっているのだから、かなり近づくことができるはずだ。私は、彼女が感じたであろう疲労や、複数の咬傷の痛み、失血による眠気、もしここから助かるとしたらどのようなことがありうるのか、などの渦巻く思念と、ハイイロオオカミたちの荒い息遣いの音と、闇夜に浮かんでいたかもしれない幾多の緑色の双眸を思い浮かべ、それに重なろうとする。彼女はホテルがあることに気が付いていたはずで、そこまで逃げきれればあるいは、と思っていただろう。
 妻Fの死亡現場の近くにある高級ホテルは、私に同情的で、申し出てくれれば宿泊費はとらないと言った。私はいまのところまだこのホテルに泊まったことはない。ただコインロッカーと駐車場だけはありがたく貸してもらっている。もしこのホテルに妻Fと泊まりに来たら、どのような扱いになるのだろうか。私は悪戯のプランを弄びながら、ロッカーから荷物を取り出し、バイクに乗る。もちろん、私はそんなことはしない。「お客様、お2人でご予約ということですが、お連れ様は後からお見えになるのでしょうか?」とフロントで言われて、振り向くと死者である妻Fがいなくなっている、という可能性が捨てきれないためだ。実際のところ、死者はどのように存在しなくなるのか(あるいは存在するとは別の仕方で存在するようになるのか)、妻Fの事例の後では検討もつかなくなっている。
 もしかしたら、私は自分が死んだことに気が付いていない死者であるのかもしれない。1月の雪深い深夜にハイイロオオカミの群れに襲われて食い殺されたのは私で、だから妻Fは、私が私自身の死を思い出して消えてしまいはしないかと懸念して、複雑な顔を見せたのかもしれない。高級ホテルの対応も、私が無暗に成仏しないように、妻Fと口裏を合わせているのかもしれない。私はいま地上を歩いている人間にどれほどの死者が混ざっている可能性があるのかについて考えながら、バイクの振動音や廃熱を感じる。

by warabannshi | 2019-05-20 10:02 | 夢日記
第732夜「老い」
命題:「目覚めの瞬間において倦むのが老いである」
 若干の息苦しさとともに目が覚め、わかりきった動作でカーテンを開けると、予想と寸分違わない角度で太陽の光が縺れたように差し込む。「これが老いか!」
 京都駅前のヨドバシカメラを挟んだ路上にミッキーマウスの小さな銅像が立っている。シンプルな乳白色で全身が塗装されているが、撫で牛のように頭部だけ塗料が剥がれ落ち、なんとなく宇宙飛行士のスーツを着ているかのようでもある。そのミッキーマウスが不意に語りだしたかのように。

前提:「夢の記録は『置いていかないでくれ!』という叫びである」
前提:「ただし置いていこうとする何ものもなく、置いていかれる何ものもない」

by warabannshi | 2019-04-08 13:33 | 夢日記
第731夜「間柄論集成」
 知人Iの部屋に借りた金を返しに来ている。Iは机に突っ伏して眠っている。仕方がないので、13,000円と一筆箋を置いて帰ることにしようとするが、ふと彼の本棚に目がいく。ヤン・シュヴァンクマイエルが装丁を手掛けたかのような、硬いボール紙に白い産毛が生えた大きな叢書がある。よく見てみると、「間柄論集成」と銘打たれている。配本形式のようで、彼が持っているのは保坂和志の間柄論であり、他にも『木村敏 技術論・予測論』が全3巻であること、テオ・アンゲロプロスの間柄論などが刊行される予定であることなどが箱の側面の広告文に書かれていた。こんなものがあるとは全く知らなかった。帰ったらいそいで読まないとと思い、ノートに書き留めようとすると、Iが目を覚ましている。彼が眠っている間に部屋を物色していることについて多少の後ろめたさを感じ、借りた金を返しに来たが眠っていたので起きるまで待っていようかと思った、と弁明していると、彼は無言のまま、あっという間に他の本棚に覆いの布をかけてしまった。もちろん、「間柄論集成」の奇態な箱も見えなくなってしまった。
「太田さんが来たときには、本棚を隠すようにしているんです」
「どうして?」
「本の並べ方から類推して、あることないこと話すから」
「そんなゴフマンみたいなことはしない」
しかし、「間柄論集成」の中身を読ませてほしいとは頼みづらくなった。まあ、帰り道に図書館に寄れば済む話なのだが。

by warabannshi | 2019-02-18 06:27 | 夢日記
第730夜「砂嵐」
 アナログテレビの砂嵐のありとあらゆる砂粒に固有名があり、一粒として同じ粒はない。それらの位置と運動についての認知は何ら曖昧さを付与されることなく一瞬ごとに頭の中に流れ込んでくる。呵責のない複雑さ、そしてその複雑さがすでに始まってしまっているという怪奇さが、この砂嵐を耐え難いものにしている。逃れようと身動ぎをするたびに、樹木や鳥の形象がまるで救いのように思い浮かぶが、それらの形象はまったく、何の役にも立たない。内容的に苦痛かどうかはさておいても、質量的には疑いようもなく苦痛である。例えば、どのよう内容の音であっても、音圧が巨大であれば、音そのもので小さな羽虫が潰れて死んでしまうように、人もまた、解釈を怠ったまま久遠そのものに接すればたやすく消し飛んでしまう。
by warabannshi | 2018-09-05 02:37 | 夢日記
第729夜「18」
 18は頼れる数字。そんな想念とともに、髪の間からぼろっと18が洗面台の上に落ちる。銀色の鈍い光沢を放つ18は、非常な速さで微振動をしているらしく、寿命が間近の蝉のように喧しい音をたてながら洗面台の上を転げまわる。本当に18は頼れる数字なのか? 訝しく思いながら、せわしく右や左の壁に激突する18を眺めていると、だんだん18が肥満した男性の姿に見えてきて、そのなかには父方の祖父の面影も現れてくる。18の振動はまったく衰える様子もなく、摘まみあげようとすると早々と察して逃げる。
by warabannshi | 2018-09-04 06:56 | 夢日記
第728夜「ドロシー」
 双眼を見開いたまま凍り付いた少女の遺体とその右腕が柔らかな芝生の上に転がっている。先の竜巻に巻き込まれ、空中高く舞い上がり、そしていままさに落下してきたのだろう。彼女の命を奪ったのが、酸欠なのか、あるいは低温なのかはわからない。ただ、その角膜は、彼女が最後に見た景色をまだ記憶している。
by warabannshi | 2018-08-13 07:26 | 夢日記
第725夜「余殃」
「あのとき助けていただいた、あなたの心です」
by warabannshi | 2018-07-14 17:42 | 夢日記
第724夜「湖」
 指折り数えきれないほどの理由によって本来であれば足を踏み入れてはならない湖に、肩まで浸かっている。水は恐ろしく澄んでおり、夜の闇のなかでもなお、視認性の浸透圧によってこの異物たる私の体を溶かしにかかってくるようである。浮いているのか、立っているのか、痺れたようになっていて判別がつかない。
「1人だけ余っているな」
「そう言ってくれるな」
 他にも湖には何人かの子供が浸かっているようである。私は子供らに連れられてこの湖に遊びに来たような気がするが、それも痺れたように思い出せない。上限の月以降の月光がちらちらと水面に乱反射し、眼の奥で像を結びかけては消える。
「書痙脱藩というのを知っているか? 脱藩は見つかれば死罪だが、書物を著し広く世に問うことを目指すためのそれならば見逃されることもある。以前、若い侍が脱藩の罪に問われて往来で斬り殺された。罪人のため遺骸は没収となったが、その妻は夫が書痙脱藩者であることを訴え、遺骸の返還と埋葬の許可を求めた。これについてどう思う?」
 妻は遺骸を本当はどうするつもりなのだろう? 埋葬せず、隠し持って愛でるつもりなのではないか? 私はぼんやりと、五体を包む水を掬い、一口飲む。
「軟水だね」
「ああ、本当にやわらかい」

by warabannshi | 2018-05-15 03:59 | 夢日記
第723夜「印」
 間もなくの死を運命づけられた者の眉間には、目覚めることが許された最後の眠りのあいだにジャムが滴下される。病弱な子の親がどれほど覆いをかけようとも、然るべき時が来ればその眉間には数粒のジャムが印として滴下される。ジャムを滴下するのは臈たき天使の類ではなく、物言わぬ猩々の毛から分化した自動的な小鬼である。長年連れ添った夫婦の片方が、ある朝に相手の眉間に光る数粒を見つけたとき、それを舐めとることを持って供養とする。
by warabannshi | 2018-04-24 12:05 | 夢日記
第722夜「分割」
「分割したものをどのように使うかが肝要、故にわたしは8以上の分割をせんのです」とバカボンのパパであるところの私が言う。いったいなぜ。紙媒体の分厚い少年漫画雑誌を先ほど縦に割き、片方をさらに割き、その片方をさらにもう一度割いたからだ。いったいなぜ。バスジャック犯を威嚇するためである。身元不明のバスジャック犯を倒して馬乗りになり、「拳銃を人に向けてはいけない!拳銃を、人に向けてはいけない!」と言いながらその顔を拳で殴る私はおそらく人でなしであり、そのことを自認している。バカボンのパパであることも自認している。だから「これでいいのだ」と何かのタイミングで言ってみたいが、バスジャック犯を殴打するなかで言うべき台詞ではないとも思う。そしてすべてが落着した後、惑星ソラリスの宇宙船のような白い無機質な空間で1人、「わたしは8以上の分割をせんのです」と言う。
by warabannshi | 2018-03-28 04:55 | 夢日記



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