第366夜「道具主義」
 友人Oと造成地のブランコに乗りながら“真の道具主義は平等主義に到達する”という話をする。
 談話を記念するかのように、造成地の石塁に次のような内容の文が現れる。
「諸状況における道具の使用、それによって世界に累積される形態変化の履歴。変化は当然ながら道具の使用者、使用された道具そのものにも及ぶ。だから「道具と使用者と世界の間に関係がある」という言い方は正確ではない。そうではなく「道具の使用のまさにその瞬間、関係として世界が見出だされる」。
 ある道具aと使用者Aに累積した履歴は、たとえ使用者がAからBへ異なろうとも、道具aの使用のまさにその間、Bには風景の追憶のように予感される。
 私たちは道具について厳密な単位を設定することができない――もしその道具を眺めているのではなく、手で握り、重みを確め、使われるなら。道具は拡張される。自らに名付けられた名前など軽々と超えて。
 私たちは資源として出会う。
 望まれた永遠の相においてではなく、流転する万物の直中において。劣化し生成する弱い資源として。
 第三項――それを私たちは使うことができない。それは見出だされないことによってしか存在しないからである」
# by warabannshi | 2010-05-16 04:59 | 夢日記
第365夜「坂之上」
 劇団「葦」の稽古場は、私の借りている家の茶の間である。十枚の畳を引っぺがされ、板敷きになったところに、三リットルほどの容量の薬缶が五つ、置かれている。それらのなかの一つには熱湯が入っており、劇団員は全員、分厚い目隠しをして、その茶の間で通し稽古を行う。稽古といっても、劇団「葦」が得意とする演目は、コンテンポラリー・ダンスとパントマイムである。なので、稽古といっても静かなものである。私自身は、劇団に茶の間と薬缶を貸しているが、じつのところ劇団員ではないので、飽きるまで彼ら彼女らの四肢の動きを眺め、飽きたら庭の紫陽花に目を移す。私は鶯も飼っている。ぴゅるるるるる、としか鳴かないけれど。
 今日の稽古が終わったらしく、全員がヘッドギアのような目隠しをはずし始める。なぜ彼らはこんなケッタイなものをつけて稽古をするのか? といえば、「視覚に頼りきった演劇/観劇を脱するためである」。そう、東北人、と呼ばれている団長は答える。東北人は六〇歳ほどの男で、髪ともみあげと髭がひとつながりになって顔の輪郭を縁取っており、すべてに平等に白い毛が混ざっている。日に焼けた風体から、普段は屋外で逞しく仕事をしているのかと思ったが、なにしろ、彼には筋力がないこと甚だしいので、そういう線はいつのまにか私の頭から消えた。
「坂之上の菩薩が、盗まれたそうだ」
「盗まれた? 菩薩は誰かに捕まったのではないか?」
「いったい誰が菩薩を捕まえるというのか。そんなことをすれば――」
「両方の穴から鼻血が止まらなくなるぞ。髪と眉毛がまだらに抜け落ちるぞ。」
「すみません、薬缶でお茶を入れたいのですが」
 私がぼーっとしていると、覗き込むようにして黒い男がたずねる。長髪の、目のきれいな韓国人で、彼が「ウォアイニ」とつぶやくと客が沸く、ということでずっとウォアイニと呼ばれている。本名は知らない。たぶん劇団の誰もが彼の本名を知らない。それにウォアイニは中国語だ。
「もうすでに熱い薬缶はプーアル茶が入っています。冷たい薬缶のどれか一つは麦茶です」
 ウォアイニは私に礼をいい、全員に湯のみを回しはじめる。いったい何人いるのかわからない。
 この稽古場に集まる団員の数を幾度か数えたことがあったが、いつのまにか一人ふえたり、一人へったりする。なので、どうでも良くなって最近は数えていない。
 複数の団員が咽喉を潤すのを眺めていると、鶯がぴるぴるぴると鳴き出す。本当に、奇妙な鳴き方しかできない鶯だ。
「ぴゅるるるるる、ってこの鶯が鳴くのは、東北人が、うぐいすの雛の鳴き声に合わせて答え返してあげなかったからだ!」
 団員の一人が糾弾する。東北人は面目なさそうに俯く。俯くことで、彼は非難の正当性を受け入れる。そういえば、この鶯は、稽古場を貸すときに、そのお礼として東北人から貰ったものだった。
「ぴゅるるるるる、もう手遅れだ。この鶯は歌を覚えない」
「ぴゅるるるるる、われわれは手遅れか? 踊りをもう続けられないか?」
「ぴゅるるるるる、まさか。否、否、否」
「ぴゅるるるるる、さあ行こう」
「ぴゅるるるるる、さあ行こう」
 湯のみの中身を飲み干して、団員たちは庭に停めてある彼らの自転車に乗って次々に走り出していく。私もなんだか楽しくなってきたので、私の自転車に乗って、雲霞のように路地裏を駆けぬける彼らの後を追う。圧倒的に青い空の青さである。雲は太陽を隠さずに、刷毛でさっと擦ったほどしかない。庭木の葉の蒸散や草いきれを吸い込むと、あまりの多幸感でくらくらする。
 すぐ前を走る団員は、加速装置を発動させた009の真似をしているのか、やたらと前のめりになって立ち漕ぎをしている。むらむらと悪戯心が沸いてくる。私はサドルに腰をつけて、わざと背筋をのばして、悠々と彼を追い抜く。彼のあっけに取られた顔を見られないのは残念だ。私は姿勢良く、次々と団員たちを追い抜いていく。
 やがて交差点に辿り着く。静かな産業道路のど真ん中に鉄筋の小屋があり、そこが喫煙所になっている。いつのまにか、私の後ろには誰もいない。夢中になって走っているうちに、全員をちぎってしまったのだろうか。なんとなく寂しくて、煙草を吸うことにする。無骨な造りの喫煙所にはいると、孵化したばかりの鳥の雛が、床に落ちて裸のまま死んでいる。自殺である。
 私は煙草を吸うのをやめにして、その雛の屍を灰のなかに埋め、喫煙所から立ち去る。そして、一人で自転車にのり、排気ガスの残り香すらない産業道路の坂を、駆け上る。
 私は誰もいないのをいいことに、ペダルを漕ぎながら大声を出して泣く。傾斜はどんどんその角度を増していく。立ち上がり、一身の体重を、チェーンも切れよとばかりに踏み込む。ほとんど壁のようにそそり立った坂は尽き、あとは石段が続いている。私は自転車を放棄する。自転車は盛大な音を立てて、縦横に回転しながらの坂の下へと転げ落ちていく。私は石段を駆け上る。上り始めたときは足の裏をすべてつけられた石段の、段の一つ一つは、しかしいよいよ狭くなっていき、もはや足の指の腹を置くことさえ困難なほどである。だが、臆してはいけない。重心を少しでも後ろに傾ければ、私は落下するだろう。滑落した私は、擦過によって、ふもとの喫煙所まで転がったときには黒ずんだ肉塊にしかなっていないはずだ。爪の間に黒土が入り込むのもかまわずに、私は夢中で石段を這い上がる。
 ここが坂之上。私はついに、石段の尽きるところに辿り着く。ささやかな竹林とともに小さなお堂がある。しかし、お堂に安置されているはずの菩薩はない。振り返ると、絶大な風景が眼下に広がっていた。私が男であったなら、迷わず勃起しているところだろう。私はお堂に足を踏み入れる。すると、片隅で、名前を知らない死んだ兄が、私を待っていたとでも言わんばかりに柱に背をあずけて立っている。

メモ
# by warabannshi | 2010-05-15 11:44 | 夢日記
第364夜「コンビニ」
 推敲しなければならない文章が延々と書きつけられた分厚い原稿用紙の束を抱えて、真夜中の渋谷の円山町をとぼとぼ歩いている。軒を連ねるラブホテルは、どこもかしこも無愛想な鈍色のシャッターを下ろしている。ラブホテルにシャッターがあるなんて知らなかった。安全確保のためなのかネオンサインはちらちらと灯っている。しかし、建物内に人のいる気配がまったくない。クラブもライヴハウスもやっていない。水曜日はすべての水商売が休業日なのだろうか。と思う。
 マンホールが無闇に多い表通りをうつむき加減で歩いていると、にわかに霙雨が降り出してくる。原稿用紙の束を腹にたくしこんで、紙が湿気るのを避けながら、どこか空いているホテルを探す。濡れたシャツが肩に丸々と張りつき、風になでられる。躓きそうなほど細い路地を、何本も何本も通り抜ける。
 やがて、コテージのような趣向のホテルに行き着く。一人でも大丈夫なようなので、そこに入る。冷たい雨の降っているときに、丈夫な屋根と壁に囲まれていることは嬉しいことだ。しかし合板の家具に取り囲まれて、落ち着かない。なにかワインでも買って酔っぱらおう、と思い立ち、傘を借りて再び雨の町に出る。
 しかし、やはりどこもかしこも閉まっているのである。ライヴハウスはおろか、AMPMですらシャッターを下ろして沈黙している。人通りもない。寂しさのあまり泣き出したいほどである。
 ひとつ、ペットショップを兼ねているコンビニが営業している。たくさん買って、店の売り上げに貢献しよう。そう思うが、ワインはどれも安価でくらくらするほど不味そうなものばかりである。酒類コーナーのすぐ横に薄田泣菫の文庫本が並べて売られていて、どういう趣向なのかわからない。冷凍エビフライが半額になっていたりするが、ワインのあてにするにはちょっと違う。それになにより、これは油で揚げなければならないのだ。電子レンジで調理できない冷凍食品があるなど思いも寄らなかった。
 ペットショップの床では、猫が数え切れないほど走り回っている。細かい抜け毛が肺にへばりつきそうで、思わず袖で口を覆う。フロアの真ん中には風呂桶があり、そこでは猫が三匹、行水をしている。
「下北半島はどーっちだ」
「右の方」
 店員らしき金髪のヤンママ(20)が日本地図を片手に、乳母車の幼児(1)に早期教育を施している。ペットショップをやっている店の老婆(82)は、自分の家が知らないうちにフランチャイズされ、店の真ん中にある馴染みの風呂桶にいつも猫が浮いていることに不満を募らせている。
# by warabannshi | 2010-05-12 08:29 | 夢日記
現図.001
 京王線でも井の頭線でも降りるべき駅を寝過ごし、しかし寝過ごすことによって、五月の夜気を潜ることができた。

 善福寺川沿いの公園を、使いそびれたビニール傘を振りながら、歩く。光合成を休んでいる樹々の呼吸のなかを呼吸して歩く、歩く、歩く。愉快な気分である。草いきれが、松果体に堪える。乱舞する小さな金色の蛾を目で追い、くしゃみが止まらなくなる。
 東京は夜が明るい、と数年前、ベルギー帰りの友人が言っていた。然り、私は躓くことなくベンチに座り、街灯の下に今夜のゼミのレジュメを苦もなく読み返すことができる。夜空は不快なほど紫に光っている。しかし、……そんなことはどうでも良い。暗闇は、視覚にのみ許された様態ではないからだ。嗅覚には、盲点がある。“注意深くしても嗅ぎおとしてしまうもの”。そこに視覚に依らない闇はある。たとえばそれは、初夏の夜の草花の匂いだ。鼻腔の虚は、すでにジュラ期の記憶である。老いのように甘いジャスミンの芳香が、理知に混じる。地面を突き破り、垂直に立ち昇る、力、力、力。初夏の夜の草花の匂いは強く、非常に危険だ。私たちは知覚しないことでそれを回避する。樹々の葉の翳りへと私たちを連れ去る、魔術。
# by warabannshi | 2010-05-11 01:00 | 夢日記
探索記録35「文芸本を持ってコミティアに参加するにあたり気をつけること」
 5/4(祝)のコミティア92@東京ビッグサイトから一週間も経ちつつあることに驚いています。
 さらに5/23(日)の文フリまで二週間をきったとは、さらに驚きです。
 一週間で、いろいろ反省点、というか、「文芸本を持ってコミティアに参加するにあたり気をつけること」が浮かび上がってきたので、備忘のために、ここにポイントを列挙してみます。
 「自費出版本の手売り」を目論んでいる方は、ご参考いただければ幸いです。

*** 文芸本を持ってコミティアに参加するにあたり気をつけること ***

●「なにでアピールしているのか」をアピールすること。
 例えば、今回私は『笑半紙』の表紙の装丁を三種類用意しました。
 表紙の色と質感が違うだけで、中身は三種類とも一緒。なぜそんなことをしたのかというと、自分の本棚に並んでいる他の本とマッチするものをお客さんが選びやすいようにするために。
 電子媒体でも読めるテキストを、書籍という形式で買ってもらうためには、「インテリアとしての本棚」という視点が不可欠だ、と思っています。
 自分の「本棚」は自分の「脳内マップ」として、部屋に招かれた人の目にさらされ、同時に、その部屋で生活する住人の潜在的な文化傾向を形作ります。つまり、「こういう本を読んでいる人間」であると他人と自分自身によって思われたい/思いたいという欲望が「データではなく、あえて本という形式で買う」という行動をキックするわけで。

 しかし、そんな胸算用も、ポップとかでアピールしなければ無駄だとわかりました。
 小説コーナーで足を止めてくれる人の少なさ。そして、手にとって触り心地を確かめてくれる人の少なさに今更ながら驚きました。見立てが甘すぎた。
 「なにでアピールしているのか」をアピールすること。テキスト媒体は中身を読まないと中身を理解してもらえないけれど、その労苦を払う人はやはり少ないわけで、中身を読まなくても中身を推察できるような工夫が必要です。
 次回はちゃんとポップを作る。ポスターも。


●無料ペーパーを作る。
 これは鉄則ですね。すぐに買ってくれる人はいなくても、潜在的なお客を増やせる。
つまり、アドレスを載せてブログを読んでもらったりとか、次回出店の日にちを載せて、来てもらうチャンスを作るとか、「次」に繋げるための布石です。
 A5版くらいのが、ペーパーを貰ったほうもかさばらなくて、こちらも最小限の情報に限定せざるをえないので良いと思いました。「簡単に捨てられないようにするには、A5よりも名刺サイズ」というコメントもあります。どのサイズにするかは無料ペーパーに「なにをどのように書くか」で左右されることでしょう。
 とにかく、無料グッズを充実させること。
 大盤振る舞いの雰囲気を出すこと。


●自家製本においては、積極的にカラー原稿をいれること。
 業者に頼むと挿絵つきだとテキストのみの場合より、二割くらい高価になるのですが、カラーだとなおさら高くなります。

 たとえばB5版で76頁の自費出版本を100部作ろうと思った場合、経費と所要日数は、
  表紙もふくめ、すべて白黒原稿 \57,800 (3-5日)
  表紙はカラー、白黒+4pカラー原稿 \70,200 (3-5日)
  表紙もふくめ、すべてカラー原稿 \476,200 (5-7日)
 ※同人誌印刷栄光さんhttp://www.eikou.com/syouhin/shouhinanai.htm「スタンダードセット」「サンバカーニバルセット」「天下一舞踏会セット」を参考にしました。

 その一方で、自家製本なら、描いたイラストをスキャナでとりこんでカラープリンタで出力すればいいだけで、手間は一緒、余分にかかる経費はトナー代くらいですから、積極的にカラー原稿を入れることをお勧めします。
 これはぱらぱら捲ってくれた人に対してのアピールになります。




■「なにでアピールしているのか」をアピールすること。
■無料グッズを充実させること。
■積極的にカラー原稿をいれること。

 「文芸本を持ってコミティアに参加するにあたり気をつけること」はこれだけに留まらないと思いますが、ひとまず以上です。
# by warabannshi | 2010-05-10 09:20 | メモ



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